257
「篠坂君、映画なんて観るんだ?」
IOP B区裏通り。
映画なんて観ない。
研究漬けの自分が唯一、気分を変えるために訪れる古い名画座。
何度も上映されているタイムトラベルSFを覚える程に繰り返し観ているのは、自分なりの戯れに過ぎない。
「アタシもこの映画、好きなんだ」
先日赴任してきたばかりで、使い古した白衣姿した見たことがないが、これは特務機関で有名な三島仁花と同じ声をしていた。
「館内で喋るのはいかがなものかと思うが」
「アラ、同僚に冷たいわね。……アタシたちしかいないじゃない」
平日朝一の映画館に人はまばらだ。
でもない限り、自分はここには居ないだろう。
三島仁花はドレスアップをしていて、この後男とでも会うのだろう。
鎖骨の間に輝く水色のネックレスが、幸せを物語っている。
「あー、このシーン、犬が可愛いのよね」
こちらもどうせ戯れだ。
「あの犬は一匹じゃない。何匹かで一役をしてるんだ」
「嘘ッ」
「犬は賢いが、長時間の撮影は負担がかかる」
「そうね……」
訊いているのかいないのか、三島仁花のいつもどこか隙のない瞳は、少女のようにスクリーンを見つめていた。
「あ、篠坂君、食べる?」
思い出したように差し出されたポップコーンは甘苦い味がした。




