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「松尾芭蕉です。解釈は、えっと……」
アタシは本を読むとき、色を思い浮かべる。そして可能な限り風景を。
透明な湧き水、濁った茶灰色の池の水、それから小さな蛙のつやつやとした若葉色と新緑と、プチプチ跳ねる水しぶき……。
「季節は穏やかな春。趣深い新緑の中で、新しい水が静かに湧いて、小さな池に流れています。その深淵な池を見つめていると、ふいに蛙が、わーい、という感じに飛び込んできて、限り在るいのちと穏やかな春を楽しんでいる……様子?……というか……その」
前の席のレイチェル・グレイのクス、という笑み。
別に悪意は感じなかったけど、ゴージャスなストロベリーブロンドとサファイアのような碧い瞳が優しそうであればある程、何だか自信が無くなってきてしまう。
「……では糸生、君の解釈はどうだ」
篠坂先生は是も非もない様子で問いを糸生桃菜に移した。
「はい、私は……濁った池の中には混沌としたものがあって、蛙はそれに飲まれてしまいます。でも、水音が響いたことが、確かに見ている人の心の中に刻まれて。その光とか、煌めく光とか音とか。それは些細な事でも、確実に人の心に残っていくのではないでしょうか」
糸生桃菜の瞳は、前だけを見つめていた。




