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古池や 蛙飛び込む 水の音
「私はこの句が好きです」
緑色の猫の瞳のピンを、ショートヘアーの前髪でキラキラさせて、キラキラの瞳で。
アタシの右隣の糸生桃菜が言った。
真っ直ぐに前を向くその瞳は、どこかで見たことがあるようで、初めて見るようでもあって、アタシは糸生桃菜が何故か気になった。
アタシと同い年の中学1年生。
ここにいるってことは、この子もレイダーの搭乗者なのだ。
背は、アタシより小さいくらい。
小さな頭と小柄だけど運動が得意そうな体は、整ったアンドロイドのようにも、どこか優しく暖かそうにも見えた。
不思議な子……。
アタシは糸生桃菜の挙動に気を取られて、担任がアタシの名前を呼んでいることに気づかなかった。
「(みっちゃん!)」
宗ちゃんに呼ばれて、はっと我に返る。
「どうした、星ヶ咲」
担任の篠坂先生は、綾野先生と違って、どこか虚で淡々としていて、何を考えているのかわからない。
もしかして、所謂整った顔立ちなのかもしれないけれど、長い前髪と無造作に纏められた一つ結びが、その表情を見えなくさせていた。
唯一、丁寧にクリーニングされたようなワイシャツとスラックスが真面目さを思わせるけれど、羽織られた古びた白衣が、人を寄せ付けない雰囲気も醸している。
……HyLAの職員は、何かしらIOP消失に関わった人が多いと聞いて、無理もないと思う。
アタシは丁寧に詫びた。
「……すみません」
篠坂先生は顔色ひとつ変えず、怒るでもなく、たぶん、さっきした質問を繰り返した。
「糸生が言った句の作者と解釈は?手短に述べよ」




