不法投棄
山を買った男がいた。と言っても広さはサッカーコート一つ分ほどで
当然、手入れなどされておらず交通の便など、なんだそれ? といったぐあい。
山に囲まれた山の中。切り売りされ周囲はまた別の人の土地。
買うは安いが、売る時はさらに安く、そもそも買い手がつくかどうか。
そして所持し続けるのにも税金が……
「俺の山だ……俺の、ふふふ……」
と、そんな話はどうでもいい。そう思えるほど今、男は充足感に包まれている。
ひとりキャンプが趣味の男。焚火を前に夜空を見上げ啜るコーヒー。
それだけで十分。後悔もなにもない。きっとこの先もそう……。
――ガサ! ドサ!
突然の物音に夢から醒めたように男は体をビクっと震わせ、バッと顔を向けた。
茂みから出てきたのは黒い塊。狸、猪……いや、あれは
「て、テレビ……? あ!」
男が茂みの上、草木が生い茂る傾斜に目を向けると
バタバタと慌ただしい足音と人影が。
――不法投棄だ。
そう思った男はおい! と叫び、立ち上がったが酒が入っている上に
相手はもう坂の上、姿は見えない。きっと追いつけないだろう。
悔しさに歯を食いしばり、それでもまだ追えば間に合うかも……そう考えたところで
ふと、これで良かったのではと思った。
相手は恐らく、違法な廃品回収業者。つまり悪人。それに一人とは限らない。
返り討ちにあう可能性が頭によぎる。そうなればここは何せ人気のない山奥だ。
こうなったら殺してしまおう……と、相手が考えるかもしれない。
自身の想像に身震いした男はコーヒーを置くと、今度は酒に手を伸ばした。
まったく胸糞が悪い。飲もう。飲んで忘れよう。
男は暗がりの中、無残な姿のテレビに目を向けると、ため息をついた。
それでも男はまた翌週、山に来た。自分の所有地に向かいつつ
辺りを注意深く見ると、木の陰や茂みの中に粗大ゴミの姿が目に留まった。
どうやらこの辺りが業者のお気に入りのスポットらしい。
「クソが……」
男は鞄の中からゴソゴソとスタンガンを取り出すと鼻息を荒くした。
今夜出くわしたらこれを食らわせ、警察に突き出してやる。
そう、自衛も兼ねて購入したのだった。
そして夜。男は穏やかな顔で焚火を眺めつつも胸中ソワソワ、落ち着かない気持ち。
リラックスできない。それ自体が腹立たしいことこの上ないが
考えてもみれば今夜また出くわすとは限らない。
それに、一応は目撃されたわけだ。リスクを考え、ここにはもう来ないかもしれない。
そうとも、前向きに考えよう……。
男がそう思った時だった。
傾斜を転がり落ちる音。
……またテレビだ。
男は素早くスタンガンを取り出し、そしてサッと傾斜に目を向けた。
すぐにでも駆け出し、追いかけようと考えたが何か妙だ。足音がしない。
……いや、いる。隠れているのだ。
僅かに木がしなる音がする。
恐らく、静かに捨てるつもりがうっかり転がり落ちてしまい、とっさに身を隠したのだ。
馬鹿め、すぐに逃げればいいものを。
気づかないふりしてギリギリまで距離を詰めよう……。
男はそう考え、茂みにゆっくりと近づいた。
「……ん?」
ふと、男はまた妙に思った。
このテレビ。先週、見たのと同じ物だ。
自分の車に乗せ、ちゃんと捨てるか警察署に持ち込んで被害を訴えてやろうかと思い
運ぼうとしたのだが、あまりの重さと時間経過に怒りの熱が冷め、結局途中でやめたのだ。
それがなぜまたこうして傾斜を転がって? ただ自然と? あ……。
男が顔を上げ、傾斜に広がる暗闇に視線を移すと
木の下でゆらりゆらりと女が揺れていた。