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ビーストテイマーは中身王子様のわんこお断り

作者: 麺類


 わたしはビーストテイマーのアズライト。貴族ではないので家名はない。今までの仕事ぶりから男爵位の打診をもらったことはあるけど、貴族になったら色々と厄介ごとも多いので断っている。


「所長、お茶です」

「ありがとう」

 執務室で書類を睨めっこするわたしに、秘書がそっとお茶を出してきた。ついでに午後からの予定を確認して今日の行動を脳内でシュミレーションする。


 施設は4階建て。ビーストと触れ合えるカフェと専用の病院があって、横には庭と畜舎も併設されている。縦より横に広く、国内でも随一と言えるだろう。

 国立ビースト館。それがわたしの建てた施設であり、わたしはそのトップなのだ。




 応接室に来客がやって来て、座って待っていたわたしは立ち上がって挨拶をした。

「アズライト所長、ご無沙汰しております」

「ありがとうございます、騎士団長さま」

 入って来たのは白い騎士服に身を包んだ壮年の男性だ。胸のバッジと平隊員には許されない赤いマントが、彼が騎士団長であることを証明している。


 護衛用にテイムしている犬型ビーストのクリスを片手で撫でた。

「いつも大変お世話になっております。このたびは騎士団で働いてもらっているビーストが一部引退しますので、そのご相談に参りました」


 これは例年行われる話し合いだ。ビースト館では、テイムしたビーストたちを騎士団をはじめ、農業や漁業、果ては介護までさまざまな用途で斡旋を行っている。


 騎士団で働くビーストは追跡と攻撃に長けた犬、狼系ビーストや伝令に向く鳥系ビーストが多い。体力と能力が何より重視されるため、一定の年齢を超えたり、体力測定で著しい衰えを確認したり、怪我などの要因で毎年そこそこ入れ替わりが行われる。

 騎士団から求められるレベルは高いので、引退しても他の力仕事で活躍してくれる場合が多い。年老いたり後遺症で働けなくなったビーストはカフェなどうちの施設で面倒を見る。それ以外にも、かつての雇い主が情が湧いたため面倒を見たいと言い出すことも。ビーストの飼育は基本認められていないが、介護目的であれば許可がおりる。


 ビーストと動物とは似て非なるものだ。ビーストは魔力を持ち、動物は魔力を持たない。魔法を使えるビーストは飼育には危険なのだ。


「今年はどうでしたか?」

「最近は隣国とも和平を結べて衝突が無くなりましたから、むやみに増員する必要はないだろうと騎士団の中でも意見が一致しました。ですがまだ何があるかわかりませんから、減らしはしない方針でと考えています」

「そういえば、最近新しく入れたガーディルスたちはいかがでしたか」


 ガーディルスとは大人が1人乗れるほどの大きさがあるサイに似たビーストだ。俊敏性や嗅覚にはやや欠けるが、重量級で前線の押し上げや持久戦に向いている。半年ほど前から実戦投入を行なっている。


「非常に活躍してくれていますよ。そうですね、実際もう少し個体数を増やした方が良いのではという意見も出ています」


「でしたら20体ほど新しく入ってもらいましょうか。かわりに他のビーストをすこし減らせば、予算もオーバーしないでしょう」


「ありがとうございます。詳細については春の健康診断が終わり次第またお話ししましょう」


「ええ、こちらこそありがとうございます。うちのビーストたちは騎士団の方々には時には仲間のように、時には子どものように愛されていると聞きますよ。ビーストたちにも働きがいというのは大切ですから」


「アズライト所長はその若さで非常に優秀でいらっしゃる。これからもよろしくお願いしますよ」


 騎士団長はそう言って部屋を退出していく。

 彼はわたしのことを若いと言うが、これでももう25だ。もちろん仕事的に言えばまだまだ、むしろこれからが本番と言ったところだろう。しかしこの国の結婚年齢は貴族で18、平民で20代前半なので、女性としてはまあまあ売れ残りである。

 わたしとしては仕事のことしか考えられないし、ビーストの世話でいっぱいいっぱいなので子どもはもういいかなと思っている。なので、もし結婚することがあっても2人で暮らしたり養子を取ったりでじゅうぶんだと思う。まあ、色んな人からせっつかれるので、その手の話については最早クソ喰らえって感じだ。おひとり様最高。


 なお、優秀であるという褒め言葉についても疑問を呈したい。わたしは魔力量も中の上といったところで、天才的なセンスもない。わたしがビースト業界の実質トップになったのも、術式を簡略化し、わたしの魔力量でもかなりの量のビーストをテイムをできるようにしたという研究からだ。もしわたしを褒めるのなら、努力家であるという評が正しいだろう。


 従来のテイムはビーストを強制的に従わせることができる反面、契約中はずっと魔力を消費し続けるという欠点があった。わたしはそれをビーストと意思疎通を行い契約を行うことで、その契約の瞬間にのみ魔力を消費するという方式に改良したのだ。

 もちろん強制的に従わせられないから時たまにビーストが言うことを聞かないこともあるが、従来の方法だと抑圧されたビーストが暴れ出したり、早く衰弱してしまうこともあった。双方の利点を考えると、これが最も効率的だろう。コミュニケーションが取れるようになったのも大きい。


 他にも諸々あるが、これが最も大きな功績だろう。ビーストについて語り出したらきりがないのでこのへんでやめておく。


「戻ってきたよ。ジル、ハック」

 最上階の自室に戻ると、中に居た2匹が飛びついて来た。猫型ビーストのジル、鳥型ビーストのハックだ。それぞれわたしが個人的にテイムしたビーストたちで、仕事を手伝ってもらっている。それにクリスも加わって、3匹が撫でて撫でてとわたしの身体に頭を擦り付けてくる。かわいい。


「ギィ、ギィ」

 ハックが鳴いて、コンコンとクチバシで机を叩いた。そこには溜まりに溜まった伝書の数々。わたしはハックを撫でて、ソファに深く腰を下ろして封を開けていく。


 新しい依頼に会談の日程調整依頼。そしてすこしの縁談と商売人向けの夜会の招待状。

 日程は秘書に丸投げ。会合は代理を立てられそうならそうしておく。最近は後進の育成も行なっているので、こういうのはわたしが無闇に前に出ない方がかえっていいこともある。わたしが目指すのは誰かが1人欠けても回る社会だ。


「アズライト所長!」

 一仕事終えてお茶を飲んでいると、自室を慌ただしく使用人がやって来た。

「どうかしたの?」

「庭に野良のビーストが……ずいぶん怪我をしているようで……」

 わたしはその言葉に急いで準備をして外に出た。野良のテイムされていない手負いのビーストは凶暴になりやすく、周囲のビーストに危険な病気が感染する可能性もあるため放ってはおけない。


 自由時間にビーストたちを放てる庭のど真ん中に、使用人の言った通り手負いのビーストが横たわっていた。犬型の大きなビーストで、胸に近いところに銃創がある。呼吸は早い。もはや抵抗する気力もないと言ったふうだ。

「思ったより傷が深いね。止血だけしたら担架で治療室まで運びましょう。用意してきて」

「はいっ」

 付き添ってきてくれた使用人に指示を出し、わたしは応急処置だけ行った。そのまま担架で慎重に運ぶ。ビーストは薄目を開けてわたしをぼんやりと見ていた。




 結局ビーストはわたしの自室で預かることになった。怪我は深かったが命に別状はなく、しばらく療養させる予定だ。回復したあと自然にかえすかテイムするかはまた考えよう。


 その間呼ぶ名前がないというのも変なので、仮として「セド」と呼ぶことにした。

「セド」

「わぅ」

 セドは助けてくれたのがわたしだとわかっているのか、思いの外早くなついてくれた。いきなり他のビーストに会わせるのも負担になるかと思って、普段そばにいる3匹とは会わせないようにしている。3匹ともなぜだかやけに警戒しているようなので正解だろう。


「わっ……セドは甘えただね」

 ペロペロと顔を舐められて苦笑いする。身体が大きいのでのしかかられるとわたしは簡単に床に倒された。腹をわしゃわしゃ撫でながらのんきに笑っていたが、途中でマウンティングされていることに気が付いた。要するにわたしにのしかかって腰を振っているのだ。

「セド!」

 わたしは大声をあげてセドを叱りつけ、痛いと感じるだろうというほど強く押し退けた。キャインッと鳴く声がしたけれど申し訳なさは顔に出さない。


「セド、ダメ」

 セドは耳を後ろに折っていかにも反省していますという顔をした。ここでかんたんに許すと犬型ビーストは学習するので、しばらくの間近付かないように執務室から締め出した。

 マウンティングは生殖のためだけでなく、己の優位を示すために行うことがある。なのできちんと叱って、わたしのほうが上なのだとわからせる必要があるのだ。テイムしていればその必要もないのだけど……それがビーストの幸せとも限らないし、テイムされた個体が増えると管理が大変なのでむやみにぽんぽんテイムするわけにもいかないのだ。

 とはいえトラウマからマウンティングを行うのもよくあることなので、じゅうぶん反省させたらちゃんと甘やかしてあげるつもりではある。




「アズライト所長、あの噂知ってますか?」

「噂?」

 書類の確認を行なっていると、部屋の掃除をしていた使用人が話しかけてきた。

「クリソベリル公爵家の魔女の噂ですよ!」

「なんだそれ」

 今月の収支表……いくつか予算と実費が全く同じ金額で通っているところがある。きつく縛るとかえって環境が悪くなるので、多少の不正には目を瞑っているがこれはいただけない。素人が見ても違和感を感じるようなお粗末な不正はアウトだ。やるならもっと上手くやってくれなくては。あとで関係者を全員呼び出そう。


「クリソベリル公爵家には魔女が居て、悪〜いことをしてるって話ですよ」


「なんだか中身のない薄っぺらい噂だなあ」


「あそこの長女にはいろいろ悪い噂がありますからね、きっと彼女が魔女って言われてるんじゃないですか」


「クリソベリル公爵令嬢が? 彼女は第一王子殿下の婚約者だと聞いてるけど……」


「優秀だけど地位を鼻にかけて、わがままで、問題児なんですって」


「まあお貴族様なんてそんなもんなんじゃないの。仕事さえちゃんとしてくれればそれでいいかな、わたしは」


「所長はドライですね〜」


「上の立場になればドライにもなるって。人間なんて言われたことを言われた通りできるだけ100点だよ」


「それは……わかります! もう、ほんと、言われたこともできない人って意外と多いんですよね〜! この間なんか後輩に……」


 最近は仕事を引退して行き場がなかったり加齢などで、言い方は悪いが費用をいたずらに消費するだけのビーストも増えた。もちろん彼らはこれまでたくさん働いてくれたし亡くなるまで大切に保護したいが、年々かさむ費用に悩まされているのもまた事実。

 ビーストは人間ほど衰えてから死に至るまでの期間が長くないので殺処分などといった残酷な方法を用いるほどの必要性も感じていないのだけれども……これは今後の課題だ。また会議の時に討論しよう。


「ギギギ」

 ハックが専用の小窓を通って執務室にやって来た。クチバシに伝書が咥えられている。普通なら机の上に置いて勝手に去っていくので、おそらく急ぎなのだろう。わたしはため息をついてそれを受け取る。

「…………」

 わたしはすぐにペンを執って返事を書きハックに渡した。クリスを呼び付けて、使用人には今から出かけることを伝えた。


「お急ぎですか?」

「そうかも。来客が来たら時間は未定だって言っておいて」

 おしゃべりでも仕事となれば口は堅い。使用人はとくにそれ以上何もわたしに聞くことなく、「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。




「ようこそいらっしゃいました」

 出迎えた人物にわたしは目を瞬かせた。

「クリソベリル公爵令嬢……わたしはビースト館のアズライトでございます」

 貴族用の礼をすると、すぐに「顔をお上げになって」と声がかかる。「どうぞお座りください」

 すかさず給仕が茶を出してくる。さすが王宮、まったく隙がない。


「突然のお呼び出し申し訳ありません。なにぶん急ぎでしたので」

「大丈夫です。ですが、国王夫妻からのご依頼と聞いていたので……」

「おふたりはご多忙ですから」

 令嬢がカップに口を付けたのを見て、わたしもそれにならう。


 ご令嬢らしく長い髪はゆるやかに巻かれている。隅々まで手入れされた肉体と、それにふさわしい気品。何度経験しても貴族への対応はヒヤヒヤする。


「それで、ご依頼ですが……」

 チラと周囲に目をやる。扉は隙間が開いていて、奥に護衛が控えている。念のためということで、クリスもそこで一緒に待機している。わたしたちの話が聞こえない距離だ。よほど聞かれたくない話らしい。


「第一王子殿下の捜索ですわ。数日前から行方不明なのです」

 国王の命で至急依頼したいことがあるという話だったので、その内容について詳しく知らされていなかったわたしはすこし驚いた。それにしてはあまりおおごとになっている感じがない。

 そんなわたしの疑問に気が付いたのか、クリソベリル公爵令嬢はどこか困ったように微笑んだ。

「行方不明の原因についてははっきりしているのですが、こちらでお話しするわけにはまいりませんの。ですから、どうかわけは聞かずご協力いただきたく思います」

 なるほど。なにか後ろ暗い理由があるわけだ。それも、王家の醜聞になり得るようなことが。


「捜索ということは、においで追跡するのがいいでしょう。連れてきた護衛のビーストは追跡にもすぐれておりますから、おおごとにしたくないのであれば彼1匹でもじゅうぶんかと」

「何日ほどかかるの?」

「においが消えていなければ、今日中には」

「それでは今から参りましょう。ご都合がよければ……ですが」

「かまいませんよ」


 第一王子殿下の私物を持ってきてもらい、クリスににおいを嗅がせた。クリスは周囲をすんすんと嗅いで、床に鼻を近付けながら移動しだす。わたしたちはそれについていき、その後ろを護衛騎士が数人ついてくる。


 クリスが一軒の屋敷の前で座った。徒歩10分といったところか、思っていたよりは近い。

「ここは……」

「アルマンディン伯爵家ですわね」

 少々歩き疲れた様子のクリソベリル公爵令嬢が言った。

 わたしは貴族ではないのでそちらの界隈にはいまいち疎い。それでも年季のある貴族はひととおり記憶していて、アルマンディン伯爵家もそのうちのひとつだ。


 クリソベリル公爵令嬢が門番に話を通し、急な訪問だったのもあってか外でたっぷり1時間待たされた。肌寒い季節なので少々手足が冷える。

「申し訳ございません。先触れがなかったものですから準備に忙しくて」

 わたしたちを迎えたアルマンディン伯爵夫人の言葉がさすがに嫌味であることは理解した。おそらくあえて長時間待たせていたのだと思う。

 先触れがなかったのは事実。しかしいちおうは王命であることが伝えられているのに、ずいぶんと甘く見られているらしい。いや、舐められているのは王家というよりクリソベリル公爵令嬢だろうか。


「ご用件は?」

 客室で3人だけになったところでアルマンディン伯爵夫人が問いかけてきた。クリソベリル公爵令嬢は何が起きたかは説明せず、第一王子殿下が来なかったかとだけ聞く。

「まあ……第一王子殿下がうちにいらっしゃって何になるのかしら。婚約者の寵愛を得るのは大変ですわね」

 返ってきたのははぐらかすような回答とどこか棘のある言葉。クリソベリル公爵令嬢はつとめて微笑を維持しているようで、「では、第一王子殿下はいらっしゃらなかったのですね?」ともう一度聞いた。


「わたくしはお姿を見ておりませんから」

 何か関係しているのは確かだろうが、これ以上望むものは得られなさそうだ。令嬢は追及をやめて話を切り上げた。

 訪問して1時間待って得られたものが5分にも満たない中身の伴わない会話。わたしは貴族というものに対してますます忌避感が強まった。貴族に対してというより、わたしが貴族になることといったほうが正しいか。やはり国王からの打診を断ったのは正解だっただろう。


「シャトー様!」

 屋敷から出ようというタイミングで声がかかる。振り向くと、華美な装飾のドレスを着飾ったご令嬢がクリソベリル公爵令嬢に駆け寄っていた。

「アルマンディン伯爵令嬢。ごきげんよう」

「シャトー様っ……噂はお聞きになりましたわ! なんてことをなさるのですか! わたしがカルセドニ様と愛し合ってしまったからって…………」

 どうやら「シャトー様」というのはクリソベリル公爵令嬢の名前のようだ。そしてカルセドニという名は第一王子殿下を指す。

 わたしは目だけを動かしてクリソベリル公爵令嬢を見た。彼女はわたしの方を見ないまでも、視線に気が付いて頷くように顎を引いた。


「…………なんのことかしら? それと、わたくしのことはどうか「クリソベリル公爵令嬢」と。第一王子殿下のことは名前で呼ぶにしても「カルセドニ殿下」とお呼びしたほうがよろしいですわよ」

 あえて突き放すような言いように、案の定というべきかアルマンディン伯爵令嬢は「ひどいっ」と声を荒げた。

 アルマンディン伯爵家は由緒正しい家柄のはずだが、なんというか、ずいぶん……常識に欠けるというか。マイルドな言葉を選ぼうとしたけどちょっと擁護できない。


「隠そうとしても無駄ですわ! シャトー様がわたしとカルセドニ様の関係に嫉妬して、呪いをかけて殺そうとしたこと……もう王国じゅうに知られているのですよ!」

 先程まで居た客間からバタバタと音がして、あわてた様子でアルマンディン伯爵夫人がやって来た。「ガーネット!!」

 その場には緊張感を伴った気まずい空気が流れる。しばし沈黙したあと、クリソベリル公爵令嬢は静かに言った。

「アルマンディン伯爵家に第一王子殿下誘拐の嫌疑がかけられています。これは王命です、騎士団へご同行願います」






 さて、状況を整理しよう。

 ことは若者が通う国立の学園ではじまった。

 幼少のころより婚約していたカルセドニ・カーネリアン第一王子殿下とシャトー・クリソベリル公爵令嬢の関係は、良好とは言い難いものだった。結果として第一王子殿下は同級生であったガーネット・アルマンディン伯爵令嬢と心を通わせることとなる。


 しかし、アルマンディン伯爵令嬢は第一王子殿下には傾倒していなかった。


 彼女の目的はひとえにクリソベリル公爵令嬢への復讐。そのために公爵令嬢が愛してやまない婚約者である第一王子殿下をたぶらかし、奪い、殺害しようとした。

 あいにく「クリソベリル公爵令嬢は第一王子殿下を愛するあまり本人から嫌われている」というのは事実無根であった。第一王子殿下がそう勘違いし吹聴していたこと。当人にその真相を確かめる者が居なかったこと。ちょっと残念な言動の殿下を貴族としての矜持から常日頃口うるさく注意していたのを、周囲からはアピールだと認識されていたこと。これらが重なってその話は事実であると思われていたのだ。


 それなりに計画性のあった第一王子殿下殺害は未遂に終わった。殿下は命からがら逃げ出したのだという。

 だがこのままではアルマンディン伯爵家の罪が露呈する。逃げられてすぐ、伯爵夫人はその場に残った殿下の血液を媒介に呪いをかけた。呪いの詳細までは本人にもわからないらしいが、今この時まで殿下の姿がないのを見るに、危惧していた「殿下の口から被害を報告される」という事態の回避には成功しているようだ。


 しくじったアルマンディン伯爵令嬢は夫人に家から出ないよう言いつけられ、夫人は「クリソベリル公爵令嬢が第一王子殿下を殺害しようとした」と噂を流して罪をなすりつける予定であった。どうやら伯爵家からしてもご令嬢は少々常識足らずのようである。

 わたしたちが……というよりクリスが嗅ぎつけるのが早すぎたのだ。さすがわたしの優秀なビースト。

 作戦失敗に少なからず動転していた親子は情報の共有が完璧ではなく。伯爵令嬢はすでに噂が流布されて公爵令嬢が針のむしろになっており、此度の訪問も負け惜しみを言いに来たのだろうと思い込んでいた。そうしてヘマをやらかしたわけだ。






「国王陛下は第一王子殿下の行いに頭を痛めておりました。陛下と揉めてすぐ行方不明になられましたので、家出だと思われたのです」


 翌日の朝。国立ビースト館に訪れたクリソベリル公爵令嬢と再び対談を行っていた。

 第一王子殿下行方不明の原因が普段の行いと痴情のもつれなのだから、民衆に公表しづらいというのも理解できる。

「しかしアルマンディン伯爵家は……すこし抜けているというか。謀反を企てていると思われてもおかしくない行為でしたからね」


 取り調べのすえアルマンディン伯爵家は上記のように自供した。復讐の動機もほぼ言いがかりのようなものであった。


 手段として第一王子殿下を狙うというのは、公爵家より王家のほうが劣っていると思われているのと同義。国王陛下は事態を非常に重く受け止めた。アルマンディン伯爵家への処罰はまだ決まっていないが、爵位剥奪ではおさまらないだろう。


 同時に、王家の穴ともいえる第一王子殿下は王位継承権の剥奪が決まった。このままでは他の思惑を持った者からいつ取り入れられるかわからない、そしてそれに簡単に唆される可能性があるとされ、次期国王にはふさわしくないと見なされた。おそらく再教育も施されるであろうが、様子を見てまた継承権について考えようとならないあたり信頼が無いらしい。

 とは言っても、現在も行方不明なので捜索は続いている。呪いにかけられたせいかビーストの嗅覚では追跡が不可能だった。今朝から大手新聞社が大々的に取り上げているのですぐ民衆にも知られることとなるだろう。もちろん王家の醜聞は隠され、アルマンディン伯爵家の謀反に話の焦点は当てられている。


「国立ビースト館におきましては、引き続き全面的な協力をお願いしたく思いますの」

「もちろんです。乗っかった船ですからご協力しますよ」

「ありがたく思いますわ」

 笑みを浮かべるクリソベリル公爵令嬢からはどことなくわたしへの信頼が浮かんでいるように見える。彼女の悪い噂は第一王子殿下とアルマンディン伯爵家による事実無根のものであったし、実際の彼女は気さくとは言わないまでも親しみやすい人柄だった。達観的で大雑把と評されるわたしと人間的な相性が良いとも言う。






 協力するとは言ったもののこれ以上有力な手がかりは得られそうにないため、民衆への聞き込みとか、王都をしらみつぶしに探すとか、そういった地道な作業が必要になってくる。なのでその日はどれくらい捜索にビーストを割くか相談と契約をしてお開きとなった。


 それからしばらく経ったが第一王子殿下はいっこうに見つからない。目撃情報も無く、あったとしても詳しく聞けばただの嘘だったり。野生のビーストに食べられて死んだのではなどと周囲も殿下の生存の可能性を低く感じているようだ。来週からは捜査に割く人員を減らすことが決まった。


「最近忙しくて構ってやれなくてごめんね」

 わたしはセドの頭を撫でてやった。セドは甘えるようにもっともっとと手のひらに頭を擦り寄せる。

「はは。かわいい」

 その鼻の頭に軽くキスをしてやる。他のどんなビーストにも行う戯れだ。────そのはずだったのだが。

「えっ?」

 ぽんっと音を立てた次の瞬間、犬型ビーストのはずのセドは人の姿でそこに居た。しかも。

「か……カルセドニ殿下……?」






 保護したビーストが殿下だと判明してわたしは王宮に大慌てで向かうことになってしまった。その道中でハックが書類を一枚持ってきて、それを読んでさらにため息を吐く。

「ああ……君をやっと呼べるよ、アズライト、いや……アズ……」

「いいから早く来てください」

「つれない子猫ちゃんだ」

 しかもなんかカルセドニ殿下が鬱陶しい。やけにベタベタしてくるし距離が近い。わたしは辟易としながら足早に王宮へ入った。


「シャトー、君との婚約は破棄させてもらうよ」

 王宮内の一室でわたしとクリソベリル公爵令嬢は向かい合って座っていた。なぜかわたしの横にカルセドニ殿下がぴったりくっついて、開口一番にそう言い放った。


「お言葉ですが。あなたと恋仲であったガーネット・アルマンディン伯爵令嬢は既に騎士団により拘束されています。おそらく斬首刑になるかと」

「いいや、ガーネットのことじゃない。彼女にはガッカリしたよ。まさかこの僕に銃を向けるような女だったとはね。とんだ悪女だ」


 カルセドニ殿下はわたしの肩を持って引き寄せてきた。思わず顔をしかめる。

「僕はアズライトとの間に真実の愛を感じたんだ。彼女を王太子妃にするよ」

 わたしは耐えられなくなってカルセドニ殿下を振り払って立ち上がった。

「アズ?」

「クリソベリル公爵令嬢。発言よろしいでしょうか」

「ええ」

 つとめて冷静さを維持しながら言葉を選ぶ。


「まず第一に、あなたは既に王太子ではありません。今後王太子になることもないでしょう。これに関しては国王陛下の勅命でございます」

「なっ」

 驚いて言葉を失っているカルセドニ殿下にクリソベリル公爵令嬢が証拠の書類を差し出す。おそらく、これ以上を問題を起こさなければ公爵あたりに臣籍降下して平穏な人生を送れることだろう。


「第二に。わたしとカルセドニ殿下は恋仲でもなんでもないですよね」

「だが! 君は僕に口付けてくれたじゃないか! それで呪いも解けた!」

「ええ、そうですね。魔法局の解析でも「愛する者同士の口付けにより解呪される」とあります」

 わたしは道中でハックから貰った書類を指で弾く。アルマンディン伯爵家で使用された呪いの道具が魔法局により解析され、その内容と解呪方法が送られてきていたのだ。


「たしかにわたしはあなたを愛していましたよ」

「なら!」


「ペットとして、ね」


 直後、部屋は静寂に包まれる。一瞬の間を置いて、カルセドニ殿下が震える声で「ぺ…ット?」と復唱した。

「はい。わたしは生き物好きが高じてビーストテイマーになった身ですから、大抵の生き物は愛していますよ」

「たしかに解呪の条件である「愛し合う者同士の口付け」に「愛情の種類」は指定されていませんわね」

 と、クリソベリル公爵令嬢が援護してくれる。


「殿下、わたしがあなたを保護している間、あなたが一体何をしていたかわかりますか?」

「……?」

「わたしの顔を舐め回したり、股間のにおいを嗅いだり、マウンティングを取りましたよね」

「まあ」

 ばさっと扇の広がる音がした。


「あれらはすべてビーストだから許されることです。それを中身が人間のあなたが行うなんて、正直気持ち悪いですよ」

 顔を舐めるのは愛情表現。股間のにおいを嗅ぐのは挨拶。マウンティングを取るのは本能や不安など。ビースト相手ならばいくらでも付き合ってあげるしかわいいねと笑って済ませるが、人間だとそうはいかない。思い出すだけで鳥肌が立つほどおぞましい。


「拾ったペットが実は人間で、飼い主と恋に落ちるとか……娯楽小説の読みすぎなんじゃないですか」


 それからしばらく、カルセドニ殿下は呆然としていた。これから国王陛下と話があるというので護衛騎士たちに引っ立てられていったが、まるで無反応だった。

 わたしとクリソベリル公爵令嬢はその背を見送って、2人室内に取り残された。


「…………ちょっと言い過ぎでしたかね。大丈夫でしょうか、不敬罪とか」

「お気になさらず、アズライト様。今回は王家の問題ですから咎められたりはしませんわ」

 それならいいけど。

 クリソベリル公爵令嬢とカルセドニ殿下の婚約はどうなるのかと聞くと、白紙になり第二王子と婚約することになるだろうと返ってきた。既に妃教育を受けた身で王族以外に嫁ぐのは難しいそうだ。





 結果から言うと、アルマンディン伯爵家は取り潰しの上一族全員が斬首刑となった。カルセドニ殿下は空いた伯爵位と領地をそのまま譲り受けることに。本人は伯爵だなんてと駄々をこねたそうだが、それならば平民にでもなるかと脅されるとしぶしぶ伯爵位を引き受けたそうだ。


 わたしは口止め料などが含まれた大金を貰い、ビースト館を増築した。危険なビーストでも安心して触れ合えるようにビースト版の動物園のようなものを作った。そちらの責任者はわたしではなく弟子にした。おかげさまで大盛況で、直近の問題だった引退ビーストの世話費用は当分困らなさそうだ。

 ますます出世してしまったので国王陛下からはお詫びついでに貴族にならないかと以前にも増して言われているが、わたしは断固として断り続けている。




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