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共存のルールとアップルパイ

 シェリアがエレンと共に向かった花壇では、色鮮やかな花たちが美しく咲き誇っていた。


 陽光を浴びて瑞々しく存在感を放つ花たちに、どこか気後れしたシェリアは、手を伸ばしたものの、花に触れるのを迷ってしまう。

 そんなシェリアとは対照的に、エレンは躊躇いなく触れると、根元から丁寧に摘んでいた。


 エレンが花に手を添える横顔に、シェリアは初めて会った時のことを思い出す。

 妖精探しに訪れた領地内の花畑で、シェリアはエレンを花の精かと見間違えた日のことを。


 西日が射すラベンダー畑で、花と同じ髪色をした少女。

 人間の気配なんてなくて、シェリア以外いなかったはずの場所で、いつの間にか目の前にいたのだ。


 陽に照らされて透けた薄紫色の髪が、きらきらと美しくて、シェリアは思わず「妖精さん?」と呟いてしまった。

 すると、エレンはくすりと笑って風が吹き花が宙を舞った。


 あの日のことは、今もはっきりと思い出せる。


 後日、ジェームズからメイドとして紹介されて驚いたものだ。エレンには「妖精じゃありません」とエレンに否定された。


 確かに、シェリアの読んだ記録にも、妖精は人間の手のひらほどの大きさだと記されていたから、シェリアと背恰好の変わらないエレンが妖精のわけがないのだ。



 ◆



 花壇で摘んだ花のうち、菫は、丁寧に手洗いしたあと、砂糖をまぶして寝かせた。

 一日もすれば、砂糖菓子に生まれ変わるだろう。


 そのまま食べてもよし、紅茶にいれてもよし。

 シェリアは、王都でこの砂糖菓子の存在を知った。


 王都の人気洋菓子店がつくっていたこともあり、ご婦人方の間で人気があったせいか、伯母自身がお茶の時間に出してくれたのだ。


 普段は、菓子の類いは駄目だと目を光らせていた伯母が珍しく快く勧めてくれたもの。


 さすがに、自分でつくりたいとほのめかしたら、眉を顰められたけれど。



 この屋敷では、とりわけ菓子の類いは、いつの間にか消えてなくなる傾向にあるので、大目につくらなくてはならない。


 ついでに、誰かに聞こえるように、しばらく寝かせること、その間は食べられないことを話すことを忘れてはならない。


 だが、そのように対策をしていたとしても、事件の発生を防ぐことはとても難しい。

 気の早いうっかりさんによって、寝かせていた菓子の生地等が僅かに欠けた状態で発見されるのはよくあることだ。


 その際は、お見舞いの胃薬と焼き上がった菓子を、事件現場にそっと供えておいたなら、今後も良好な関係を築けるだろう。


 ひとならざるものに人間の薬が効果があるのかは不明だが、それを手に入れた“かれら”が意気揚々と仲間たちに見せびらかして回った結果、入手経路を聞いた者たちが真似る事件が一時期多発したらしい。


 その理由を、厨房で(うずくま)る複数の妖精たちから聴取したと、何代か前のこの地の当主は記録している。





 摘んだ花のうち薔薇やローズマリーは、ざるの上にのせて風通しの良い場所に置いた。

 一週間ほど経った後に回収して、オイルを垂らして二週間ほど熟成させ、瓶詰めすれば完成だ。


 こちらは菓子ではないが、瓶詰め後に数が合わなくなったり、保管していた場所から消えていることが時折ある。


 “かれら”は、甘いものだけでなく、そのものの特性を生かしたものや、丹精込めてつくられたもの、色鮮やかで美しいものも好物であるらしい。



 これらの注意事項は、どれも、王都では気にする必要のなかったものばかり。

 王都では“かれら”がそこにいるものとして行動する、なんて暗黙の了解はなく、その違いにシェリアは、どうしようもなく寂しくなった。



 ◆


「…………やっぱり林檎かしら」


 手のひらにのせた林檎をまじまじと見つめながら、シェリアは疑問を口にする。


 ポプリと砂糖菓子の作業を終えたシェリアとエレンは、厨房でお菓子づくりに移った。


 今朝アンディから聞いた希望のものをつくることにしたのだが、肝心の中身が、“あかくてまるくて樹に実っているもの”を使ったお菓子と、なんとも抽象的なのである。


「あかい実なら苺もありますけど、まるくはないですね。……樹にも実らないですし」


「ラズベリーなら樹に実るけれど、やっぱりまるくはないのよね。…………ざくろも条件に当てはまりそう」


 ざくろもまた、“あかくてまるくて樹に実る”のだ。


 ただ、この国は産地ではなく、シェリアも王都へ行くまでは存在を知らなかったくらい、この辺りでは流通していない。


 残念なことに、アンディの望みがざくろであったとしても、その願いを叶えることは困難だ。


「……きっと、林檎ですよ。樹木妖精ってやつは、高いところが好きなんです。ざくろの樹は、やつらにとっては低くて満足出来ないと思います。嫌なやつらです!」

 

 ぷんすかと林檎説を推すエレンは、まるで、どこかで樹木妖精に会ったことがあるかのよう。

 ……だいぶ私情が混じっているようだ。


 とはいえ、ここに存在しないざくろの選択肢はとれないので、シェリアも林檎説に同意する。


「……アップルパイにしましょう。それと、ショートクラストクッキー」


 ショートクラストは、アップルパイの底になる練り込み生地のことだ。


 アップルパイに使った分の余りをクッキーにして、今夜は窓辺に置こうと、シェリアは考えた。

 クッキーを月や星やハートの形にしてみたら、可愛いかもしれない。 


 さて、材料の準備を……と思ったシェリアが林檎を厨房台の上に置くと、いつの間にか材料がそこにあった。

 小麦粉・砂糖・塩・バター・牛乳……と全て揃っているが、昨日同様に量が多い。


 林檎ひとつとっても、アップルパイまるまる一台で、四個必要なわけだが、ここにある林檎はゆうに二十個は超えそうだ。


 昨日のポルボロン調理中の件を考えれば、分け前を希望しているのだろう。


「……林檎、好きなのかしら」


 シェリアのぽつりと呟いた疑問を肯定するかのように、林檎は更に積み重なった。

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