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花の舞う少女と“かれら”

 シェリアは夢を見ていた。


 目の前には、(そび)え立つ一本の大きな木。

 手には、シェリアのお気に入りの、前代による妖精たちの記録。


 シェリアは木に一歩ずつ近づき、手を伸ばし樹皮に触れ、そっと瞼を閉じる。


 すると、頭上から声が降ってきて、驚いたシェリアが思わず顔を上げようとしたところで──夢が終わった。



 小鳥の立てさえずりと柔らかな日差しの中、シェリアは目を覚ました。

 目の前にはぐっすりと眠るアンディの姿がある。

 

 昨晩、アンディはミルクを飲み終わったあとに部屋に帰りたがらず、シェリアの部屋で就寝することになったのだ。


 だが、この部屋にはベッドがひとつだけ。

 シェリアはアンディに譲ろうとしたのたが、断られてしまい、当然のように添い寝の形になった。

 

 弟のアンディは随分と寂しがり屋であったらしい。

 今もあどけない顔で、ぐっすりと眠っている。


 出来ることならこのまま寝かせておいてあげたいが、大変残念なことにそれは少し難しそうである。

 何故かアンディは、シェリアの腕をぎゅっと掴んでいるのだ。


 シェリアはそっと身体を起こし、アンディを起こさないように、ゆっくりと手を引き剥がしそうと試みた……が、悲しいことにびくともしない。


 心なしか、掴む手が先ほどより頑丈になっているような気さえする。

 

 むむむ、とシェリアは少しの間逡巡すると、アンディを起こすことにした。

 眠りを妨げることになってしまうのは、申し訳ないけれど。


「……アンディ。起きて」


 掴まれていない方の手で、アンディの身体をぽんぽんとしながら、声をかけてみた……が、起きる気配はない。


 シェリアは再び、むむむ、と考えこんだ。

 このまま二度寝しても良いかもしれないが、久し振りに屋敷に帰ってきたのだ。

 寝て過ごすのは勿体ない気がした。


「……アンディ。起きてくれないと、おやつ抜きにします」


 アンディが甘いものを好きだったことを思いだしたシェリアは、少しだけ低い声で告げてみる。


 すると、先ほどはびくともしなかったアンディは、飛ぶように起きた。

 もしかして、寝たふりだったのだろうか。


「……おやつ」


 若干疑いの眼で見てしまうシェリアに対して、身体を起こしたアンディは、眉根を下げて悲しそうに見つめている。


 その姿に、シェリアは、か弱い小動物をいじめている気持ちになってしまった。


「……おはよう、アンディ。なにか、おやつのリクエストはある?」


 シェリアが訊ねると、アンディは、ぱあっと嬉しそうに笑った。

 そして、何にしようかと考えはじめた。


 楽しそうに悩むアンディを眺めながら、どのタイミングで片手の解放を頼むべきかと、シェリアは悩んでいた。

 


 ◆


「お嬢様、こちらにいらしたんですね」


 書庫で本探しをしていたシェリアに、お仕着せ姿の少女が声をかけた。


 仕事の邪魔にならないよう後頭部にまとめられた薄紫色の髪に、ルビーのような紅い瞳をしている少女の名は、エレン。

 この屋敷のメイドだ。


 彼女は、シェリアの身の回りの世話を担当してくれている。

 身支度や昼下がりのお茶の準備等。


 彼女の勤務時間は、早朝から日暮れ前まで。

 勤務場所は、シェリアの部屋とその花壇。


 他の部屋に関しては、どうやら管轄が違うらしい。


「…………今日のお坊ちゃん、いつもと様子が違いますね」

「そうね。アンディにも、あんな一面があったのね」


 エレンの言葉にシェリアがくすりと笑うと、エレンは、何かを言いたげに口を開いたものの、すぐに閉じてしまった。


 どうしたのだろうか。


 そんなエレンの様子にシェリアは首を傾げつつ、そういえば、と思い出したことを話題にしてみた。


「エレンも、今日はいつもと違うわね。珍しく朝起こしに来なかったもの」


 シェリアの言葉に、はっとしたエレンは、あわあわしながら身振り手振り話し始めた。


「ち、違うんです。決して忘れていたわけでも、職務を放棄していたわけでもなくて。その、木に属する者は苦手でして……あ、いや、職務放棄ですね……ごめんなさい……」


 エレンは話しながら、次第に声が小さくなっていき、俯いてしまった。


 シェリアには咎める意図はなかったが、シェリアは主でエレンは使用人だ。

 互いの立場を考えれば、エレンがそう感じてしまうのは当然だったのかもしれない、と思った。


「……ごめんなさい。責めたつもりではないの。あなたは部屋の外で待っていてくれたわ。疲れているのだろうと、きっと気を遣ってくれたのでしょう?ありがとう。いつも感謝しているわ」


 今朝、アンディからの腕の解放に成功したシェリアが廊下に出るとエレンが待っていてくれたのだ。


 シェリアの言葉にぴくりと反応したエレンが、がばっと顔を上げる。目元には涙が溜まっている。


「…………お嬢様。私、お嬢様の為にも頑張りますから……!」


 エレンが、ぎゅっと両手を握りしめて拳をつくり、決意を表明すれば、言葉と共に色鮮やかな花びらが宙を舞う。


 窓から入ってきたのだろうか。

 そういえば、庭には美しい花壇があったはずだ。


「そうだわ。エレン、花を摘むのを手伝ってくれる?ポプリと砂糖漬けをつくろうと思うの」


 シェリアのお願いに、エレンは花がほころぶように笑った。


「はい、お任せてください!私がたっぷり愛情込めて育てた子たちなので、お嬢様にも気に入って頂けると思います!」


 胸に手を当てて柔らかく微笑むエレンの周りを、再び花びらが風が吹いたように舞った。



 ◆



 シェリアとエレンが立ち去ったあとの書庫では、人間の手のひらほどの大きさの者たちが、活躍していた。


 全員が赤茶色の髪に、人間の使用人のようにお仕着せを着用している。


 かれらは屋敷の使用人ではなく、本来の屋敷持ち主である、屋敷妖精たちだ。

 だから、あえてそのような恰好をする必要はないのだけれど、何分その方が楽しそうなのだ。


  それだけで、かれらにとっては十分すぎる理由だった。


「これだから、花に属するやつは……!」


 ぷんすかと不機嫌を隠すこともなく、書庫に散らばった花びらたちに指をかざせば、本を巻き込まない程度の小さな旋風が起こり、花びらたちは回収されていく。


「まったく、散らかすだけ散らかして……!!」

 

 かれらが不機嫌になるのも無理はない。

 花妖精というものは、感情を花で表す生き物なのだ。


 嬉しくなると花びらで出来たシャワーを、悲しくなれば近くにある花を枯らし、悪戯で物質を花につくり替えてしまう。

 

 勿論、片付けなどはしない。

 屋敷に住むかれらにとっては、大変はた迷惑な存在だった。

 

「片付けるこちらの身にもなって欲しい……」

 

 赤茶色をふたつ編みにした彼女は、悲しげに呟いた。

 因みに、彼女は昨夜、アンディに楽しみにしていた供物を食べられたばかりだ。

 

 シェリアの部屋で窓辺に捧げられている供物を誰が食べるかは、その日のじゃんけんで決められている。

 勝った者がその日シェリアの部屋の掃除を担当し、仕事の褒美に供物を頂戴するのだ。


 仕事の担当の日を割り振ることなんてことはしない。

 かれらはいつの間にか増え、いつの間にか減っているものだからだ。


 屋敷妖精当人たちでさえ、どれほどの数が棲んでいるかは把握していない。

 

 因みに、花妖精であるエレンが部屋を掃除することはないし、して欲しくないというのが屋敷妖精たちの総意だ。


 エレンに任せたなら、掃除したそばから花びらを散らして大変なことになるだろう。

 彼女の仕事は、是非ともシェリアの身支度の準備とお茶の準備だけに留めておいて欲しい。


 そうでなければ、エレンの花びら片付け係を増やさなければなるまい。


「あの新参だけでも頭が痛いのに、更に増えたし……」


 どうしたものかと、赤茶色の髪を腰元まで揺らした彼女が頭に手を当てた。

 

「追い返してみるー?」

「それって問題ないー?」

「お菓子係がひとり消えた……」

 

 かれらの関心は、エレンからアンディに移る。

 仕事が終わった者から井戸端会議に参加し、口々に思ったことを呟いた。


 かれら屋敷妖精にとっては、樹木妖精という存在はあまり関わりがない。棲む場所が違うからだ。

 ……本来であれば、花畑に棲む花妖精も、あまり関わりのない存在ではあるはずなのだけれど。

 

「風のやつが、そのうちいなくなるって言ってたかもー?」


 誰かが放った言葉に、その場にいた者たちは、深く胸を撫で下ろした。

 因みに、風妖精たちとは相性はあまり良くはない。

 かれらは、片付けたものをぐちゃぐちゃにする特性を持ち合わせているからだ。


「……これで、お菓子の平和は、守られる……!」


 会議のこたえが出たところで、その場はお開きとなった。

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