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月夜の供物は誰のもの

 一日にニ、三回会話する程度の仲だった今までの距離感を考えると、アンディがここまで落ち込むのは、いささか不思議だった。


 けれど、きっと迷子になってしまって心細かったのだろうと、お風呂の時と同じようにシェリアは解釈した。


「……お嫁に行くって言っても、相手がいないと結婚出来ないのだから、予定通り上手くいけばの話なの」


 そう、結婚はひとりで出来るわけではないし、誰でも良いわけでもない。

 あくまでも、予定の話である。


 そして、シェリアは、結婚相手にひとつだけ求めていることがあるのだ。


 それは、“かれらにとってよき隣人”であること。


 この地に住む妖精たちは、人間にとっては祝福を与えてくれる存在だ。


 祝福は、作物の実りを豊かにしてくれたり、良縁や幸運に恵まれるようにしてくれたり、それは、人間にとっては、きらきらした魔法のようなもの。


 だが、その魔法を求め、妖精を捕獲して祝福を独占しようと監禁したり、羽根を無理矢理むしりとる不届きな人間もいる。


 妖精たちは、人間の手のひらほどの大きさで、不意打ちでなら容易に捕まってしまうのだ。


 仮に、無理矢理捕まえたとして、祝福など授けてくれるわけがない。

 それに、妖精の羽根は、身につけると幸運を招くといわれているが、無理矢理奪ったなら悪運を招くのに。


 妖精たちを傷つけるような人間と縁を結ぶわけにはいかない。また、本人は善良でも、家門は別かもしれない。

 シェリアは、結婚相手探しに慎重になっていた。


 妖精たちが人間にとってよき隣人であるように、人間もまた、妖精たちにとってよき隣人であるべきだと、前代の当主の記録に記されていたし、シェリアもまた、その通りだと思っている。


 だからこそ、シェリア自身が結婚相手選びに失敗して、“かれらに災いをもたらすような存在”に、なりたくはなかった。

 

「──もしも、相手が見つからなければ、その間はこの屋敷にいることになるわ」


 出来ることなら避けたい事態だが、 こればっかりは巡り合わせにもよるだろう。


「……見つからなかったら」


 確認するようにシェリアの言葉を繰り返すアンディに、シェリアはゆっくりと頷いた。

 

「……そっか。見つかるまでは、ここにいるんだね」


 アンディがほっとしたように、何かを噛み締めるように呟く。

 そうして浮かべた笑みは、一瞬、シェリアをどこか深い森に迷いこんだ気分にさせた。


 やはり、疲れているのかもしれない。


 妙な錯覚を振り払うように、シェリアはそっと息をつくと、アンディに訊ねた。


「ミルク、冷めちゃったと思うけど、温めなおしてきましょうか」

 

 その問いに、アンディは首を横に振った。


 今日のアンディは随分と寂しがりのようだから、予想出来た反応ではあったけれど、雨に打たれて濡れ鼠になって帰ってきた弟に、冷めたミルクを飲んで貰うのはシェリアは気が引けた。


「大丈夫。姉さんがつくってくれたミルクは、きっと温かいままだよ」

 

 どうしたものかと逡巡していたシェリアに、アンディは柔らかく笑った。

 その言葉の通り、時間が経っているはずのミルクは、温かいままだった。



 ◆



 アンディが窓辺に供えられたクッキーの包みに手を伸ばすと、どこからか不満げな声が聞こえてくる。


 シェリアではない。

 彼女は、ベッドの中で深い眠りに就いているからだ。

 手のひらをぎゅっと握り、身体を丸めて気持ちよさそうに寝息を立てている。


「……きみたちは、いつも彼女のクッキーを食べているのだから、いいじゃないか」


 アンディの手の中の包みは、シェリアの手によってリボンが緩くされ、ほどきやすくなっている。

 それは、妖精たちが自らリボンをほどき、包みの中の供物を手にし易くする為の取り計らいだった。


 アンディがそのリボンをほどき、中に入っていた雪玉のようなクッキーを口に入れれば、かれらの不満を訴える声は最高潮に達する。


 アンディはそれを聞き流し、手元の供物を照らす光の先を辿ると、夜空に月が浮かんでいた。


 優しく照らしだす月光の下のどこかでは、きっと月に属した妖精たちが集まって舞っていることだろう。


「……もっと早く着ければよかったのに」


 アンディの呟く声が、夜の中に消えていく。


 彼が道に迷ったのは、本当だった。

 雨の中で方向感覚を失い、屋敷に辿り着くのが遅くなってしまったのだ。

 その分、この屋敷にいられる時間も短くなってしまった。


 アンディが、もう一度雪玉を口の中に放り込もうとすると、包みの中身は空っぽになっていた。


 間違いなく、この家に住む屋敷妖精たちの仕業だろう。


 アンディの前に姿を見せないかれらに、どうやら、ポケットの中に入った包みも狙われているらしい。


「……これは駄目だよ。持ち帰ってゆっくり食べるんだから。……そうだね、さっきのクッキーの代わりに、ミルクを貰っちゃおうかな」


 アンディが呟いた無情な言葉に、ミルクの入ったカップがひゅっと姿を消し、数瞬後、空になったカップだけが元の位置に戻ってきた。


  その一部始終にアンディは、ぷっと笑うと、ベッドの中で丸まっているシェリアを見つめた。

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