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雪だるまと拾いもの

 ぴしゃん。水が滴り落ちる音で、シェリアは目を覚ました。


 身体を起こして辺りを見渡せば、真っ暗な闇が広がっている。

 果たしてここがどこなのか、シェリアにはわからない。

 

 首を傾げて、額に手を当てる。

 そして、どうしてここにいるのか、思いだそうとしていると──


『──“へんしつ”するぞ』


 ふいに脳裏に、ある言葉が蘇って、シェリアは思わず、はっと顔を上げた。


 そうだ。あの日、“かれら”の森でシェリアは聞いたのだ。

 アンディのふりをして現れた少年が、変質するのだと。

 

 その言葉の意味は、妖精でないシェリアにはわからないけれど、あのときの少年の様子から、あまりよくない意味だとわかる。


 行かなくては。行って訊いて真意を確かめなければ。

 

 だが、そもそもここは、どこなのだろう。

 何故ここにいるのか、どうすれば帰れるのか、シェリアにはわからなかった。




 ぴしゃり。再び水が滴り落ちた。

 

 シェリアは、きょろきょろと辺りを見回し、水がどこに落ちたのかと視線をさまよわせていると──目の前に何故か、雪だるまがいた。


 シェリアの手のひらに乗りそうな大きさの、雪だるま。

 真っ白な雪の玉でできた、頭と身体。

 どこからどう見ても、雪だるまである。


 はたと、シェリアは首を傾げていると、雪だるまは、その場でぴょんと飛び跳ねた。

 そして、ぴょんぴょんとシェリアの周りを一周したあと、そのままどこかへ向かって歩きはじめてしまった。


「……ついてきてって、こと?」


 シェリアのこぼれ落ちた疑問に、振り向き頷いた雪だるまは、再びどこかへ向かっていく。

 

 どうやら、道案内をしてくれるようだ。

 見失わないようにと、シェリアは慌てて立ち上がると、雪だるまに少し遅れてついていった。


 ◇


「──ねえねえ、にんふさま。宴がまえだおしになったんだって。だからね、じゃーん!」


 大きな蓮の葉の上に、小さなシュークリームが5個ほど積み重なった小さな塔がそこにあった。


「こっそり、もらってきたのー!」

 

 背中の羽根をひらひらさせて、青緑色の髪を持つ小さな少女は、嬉しそうに笑った。

 

 ここは、森の端にある泉。

 妖精たちの家がある丘とは反対側にあり、滅多に他の妖精たちは来ない。

 妖精という生き物は、自分たちが属するものの近くで生きるのだが、泉に属する存在は、青緑色の髪を持つ少女が知る限りこの森には自分だけ。

 

 きっと森の外にはいるはずだが、この森から出たことがない青緑色の髪を持つ少女は遭遇したことがない。

 たぶん、違う泉に行けば出逢えるだろうが、なにぶん、この泉をとても気に行っているので、敢えて行く必要もないだろう。


「そうだ。あとねあとね、めずらしいから拾ってみたの!」

 

 その言葉に、あるいは拾った存在に対してか、“にんふさま”と呼ばれた彼女は、目を丸くした。

 

「じゃーん。人間がおちてたの。宴だからかな?」


 青緑色の髪を持つ少女の言葉に、座りこんだシェリアは、目をぱちぱちとさせていたのだった。


「…………もとの場所に、もどしておいで」


 妖精たちの森に、それも、わざわざ宴の時期にくるなど、どう見てもあやしい。

 そう思った“にんふさま”と呼ばれた、小さな少女と同じ青緑色の髪の女性は、どこか諭すように言った。


「大丈夫だよ! “おまじない”の匂いがいっぱいするもん!」


 “おまじない”とは、妖精が人間に気まぐれに与える、祝福や加護のこと。

 そんなものの気配が大量にあるなんて、どう見ても怪しい。


 思わず眉を顰めた“にんふさま”に対して、小さな少女は無邪気に笑った。


「あのね、“おまじない”って、ほかの妖精たちへの暗号でもあるの。『この人間はあぶなくなかったよ』っていう。それとね……」


 小さな少女が宙に向かって手をかざすと、なにもないはずのところから、緑色のなにかを取り出す。

 緑色のなにか丸めて輪にしたようなもの。


「──これ。前に雨の子たちにあげたの! これに、“おまじない”の形跡があるの!」


 えへへ、とまるで自慢げに、掲げて見せた。

 背中の羽根もひらひらと誇らしげだ。


 泉に属する小さな少女。

 彼女は、同時に“なくしたもの”を司る存在でもある。


「だからね、大丈夫なの」


 にこにこと笑う小さな少女に、“にんふさま”は「わかったわ」と呆れたように言うのだった。


 そんなふたりのやりとりを眺めながら、シェリアは戸惑っていた。

 ここが何処なのかわからないのだ。


 “かれら”の森であるには、違いないはずだ。

 青緑色の髪をした、小さな妖精らしき少女もいることだし。

 

 小さな少女と一緒にいる女性は、身体の半分以上が水に浸かっていて、小さな少女と同じ青緑色の髪をしている。

 きっと人間ではないだろう。

 小さな少女は“にんふさま”と呼んでいた。


 だが、屋敷の書庫にある文献には、この場所の記述も、小さな少女といる女性についての記録もなかった。


 本来ならば好奇心全開のシェリアだったが、今はそれよりも焦りが勝つ。


 どうしよう。早く戻らなくてはいけないのに。

 早く、早く。そうしないと──


『──“へんしつ”するぞ』


 脳裏に、“(ことわり)”の妖精の言葉が過ぎったシェリアは、慌てて視線を走らせた。


 どうすれば帰れるか。

 丘へ続くの道はどこにあるのか。


「──それとね、たぶん、妖精(わたし)たちじゃ、だめなの……」

 

 ざわりと木々が、草花が揺れる。

 シェリアは、はっと小さな少女に視線を移した。


「そう……」

 

 どうやら、ただ気まぐれに、連れてきたわけじゃないらしい。


「だってもうすぐ、女王さまに逢えるんだもの。“はっぴーえんど”じゃなくっちゃ、女王さまに怒られちゃう!」

 

 そう言うや否や、小さな少女が手をかざすと、シェリアの身体は僅かに宙に浮かび、シェリアは“にんふさま”の前に座りこんでいた。

 

「……にんふさま、どう?できそう?」

「……なにをしたらいいのかしら」

「えっとね、この子を妖精にしたらいいのかな?たぶん」


「えっ……」

 

 青緑色の髪の小さな少女と“にんふさま”のやりとりに、シェリアは思わず驚きの声を上げた。

 

「…………違うみたいよ?」

 

「あれ?風の子が『へんしつもんだい、ぼっぱつ』って言ってたから、そうだと思ったのに……」

 

 小さな少女は首を傾げた。

 

 ──“へんしつもんだい”

 

 それはもしかして、理の妖精が言っていた“変質”と関係があるのだろうか。

 そう思ったシェリアは、思わず訊ねていた。


「あの、“へんしつ”って……」

 

 突然のシェリアの問いかけにも、小さな少女はにこにこと教えてくれる。


「存在がきえちゃうことだよ」

 

 木々が、草花が、ざわめく音がした。

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