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幼いシェリアと記憶の底⑧

『絶対』

 そう、赤褐色の髪を持つ者たちは言い切ることは出来なかった。

 もしかしたら、なかったことにされたくないのだろうか。

 雨に属するたちの真剣な表情に、赤褐色の髪を持つ者たちは思い至った。

 記憶を消すということは、自分たちと遭遇した事実をなかったことにするようなものなのだから。


 妖精という生き物は、数百年という長い時間を生きる中で、時にどうしようもない気まぐれを起こすものだ。

 生来気まぐれな生き物だが、普段の気まぐれとはまた違う気まぐれだ。

 そう、例えば、自分の存在を賭けてしまうくらいの。


 とはいえ、この場合、存在が消されかかっているのは、雨に属する者たちではなく、(ことわり)に属する者なのだが。


「……わすれられたく、ないのか」


 赤褐色の髪を持つ者のひとりが呟いた。


 忘れられるなら、まだ可愛いものかもしれない。

 いつか、思い出してもらえるかもしれないから。


 だが、この場合は違う。

 自分たちと出逢いそのものが“なかったこと”されるのだ。

 なんて理不尽なんだろう。


 それが、この森の、この地での、妖精と人間の共存のルールであったとしても、雨に属する者たちには納得出来なかった。


「……あめが、ないなら」

「このよの、おわり」

「あめがないなら、」

「このちの、おわり」


 雨に属する者たちが、羽根を翻して歌う。

 いつもの歌に、僅かな絶望を込めて。

 確かに雨が降らなければ、干ばつに見舞われて大変なことなるだろう。

 それは、この世の終わりのようなものかもしれない。


 だが、この歌は、なにかが違う。

 そう、例えば誰かの気分によって破滅させられるような、そんな理不尽さがあるような──


「きにいらないからと、おわらせるでない!」


 我に返った赤褐色の髪を持つ者のうちのひとりが、突っ込んだ。


 雨に属する者たちに共感し、うっかり流されかけていた赤褐色の髪を持つ者たちだったが、なんとか正気を取り戻せた。

 危なかった。


 うっかり共存のルールに反し、理に属する者を消滅の危機に晒した上、この地を破滅させるところだったかもしれない。

 なんと恐ろしい。


 妖精という生き物は人間を惑わせることが得意だが、妖精同士でも有効だったなんて。


「とりあえず、それは」

「かえしてもらうぞ」


 赤褐色の髪を持つ者たちは告げた。

 雨に属する者たちが物質(ものじち)にしているクッキーは、大切な大切な宴のための供物なのだ。

 返して貰わなければ、今年の宴はとても残念なことになるし、女王さまにも顔向けできない。

 せっかく、あちら側(・・・・)から足を運んでくださるというのに。


「……こうかん、」

「じょうけん」


 雨に属する者たちは答えを迫る。

 返して欲しければ、こちらの希望を受け入れて欲しいと。


 だが、赤褐色の髪を持つ者たちはそれを一蹴した。


「それは、むりだ!」

「このにんげんは、」

「このまま、かえす」

「けってい、じこう」


 赤褐色の髪を持つ者たちの返答に、雨に属する者たちは、しょんぼりと悲しげな表情をした。

 背中の羽根もへたりと、下を向く。


 その様子に、赤褐色の髪を持つ者たちは罪悪感を覚えると同時に、ある疑問が脳裏に()ぎる。


 もしも、女王さまならば、こんなときにどうするだろう。

 ちょうどよい落し所を見つけるだろうか。

 そう、女王さまだったら──


「…………むりなものは、」

「むりなのだ」


 ほんの少しだけ震えた声で、赤褐色の髪を持つ者のうちのひとりが告げると、更にそのうちのひとりが続けた。


 例え話を考えていても、仕方ない。

 女王さまの為にも、この宴は成功させなければならないのだ。

 

「そろそろ、」

「覚悟をきめるべき」


 赤褐色の髪を持つ者たちが、雨に属する者たち越しに、シェリアの瞳を見つめた──その時。

 シェリアの肩の陰から、突然、小さな生き物たちが現れ、その場にいる一同は思わず目を丸くした。


「われわれの存在を、われわれ抜きでかたるとは」

「みずくさいのだ」


 しゅばっと登場したのは、なんと、銀白色の髪を持つ小さな生き物たち。

 ちょうど今、存在が危ぶまれていた理に属する者たちだ。


「ちょうど、よいところに」

「ことわりに、かえそう」


 赤褐色の髪を持つ者たちに指差され、シェリアはびくりと震えた。

 理に属する者たちは、何故かシェリアをまじまじと見つめると──


「…………こんかいは、記憶は、けさない」

「封印することにした」


 と、答えを出した。

 理に属する者の思いがけない言葉に、場は一瞬静まり返る。


「…………それで、よいのか?」

「ことわりは、きえない……?」


 赤褐色の髪を持つ者たちは、躊躇いがちに問いかけた。

 (ことわり)に属する者を心配しているのだ。


「この森にあらわれた、われわれを害する人間を、むりょく化して、追い出す」

「それが、われわれ(ことわり)のしごと」


 (ことわり)に属する者たちは、淡々と説明する。

 両手を腰に当て、天井の明かりで、銀白色の髪がきらりと煌めく。

 誰も口を挟まない。ただ言葉を待つ者もいれば、無言でひたすら頷く者もいる。


「こんなひ弱な人間に害されるほど、われわれ妖精は弱くはない」

「だが、なにもせず、おいだすのは、納得しない者もいるだろう」


 (ことわり)に属する者のその言葉に、赤褐色の髪を持つ者は一際大きく頷いた。


「かんしもつけよう」

「この少女についていく者──?」


 (ことわり)に属する者は、自らの手を挙げて問いかけた。

 どうやら、望むなら同じように手を挙げて欲しいようだ。


 即座に手を挙げる者はおらず、辺りは水を打ったように静まり返る。

 だが、そこから一拍遅れて、手を挙げる者たちがいた。

 雨に属する者たちと──そこに混ざっていた、菫色の髪を持つ少女だった。


「雨がふれば、そこが、われらのいばしょ」

「雨がないなら、雨乞いすべし」

「………………おはなが、あれば」


 雨に属する者たちは、雨が降れば嬉しい。

 残念ながら森では雨が降らないので、普段は森の外で過ごしている。

 菫色の髪を持つ花に属する少女も、花があればそこが居場所なる。

 必ずしも、森にいなければならないわけではない。


「かつて、女王さまは、おっしゃった」

「『誰かが、かなしむような結末にはしたくない』と」

「だから、われら(ことわり)は、このような、決断をした」


 (ことわり)に属する者たちは振り返ると、まっすぐにシェリアを見つめた。


「わすれないことだ」

「われわれは、同胞を傷つける者は、ゆるさない」

「それが、すこし、はずれた者であったとしても」


 (ことわり)に属する者は、一瞬だけちらりと台所の後方に視線をやると、そのままシェリアに向かい合い、手をかざす。

 その手から、不思議な光が放たれる。


「わすれるな。記憶がなくても、おやつは必ずだ」

「わすれるな。絶対おもいだせ」

「さもなくば──」


 (ことわり)に属する者の瞳の色が、濃く深まっていき、シェリアは本能的に恐れを覚え、そして、意識がゆっくりと薄れていく。

 瞼を閉じる間際に──誰かが遠くから、手を伸ばす姿が見えた。


「さて、だれが運ぶか」

「やはり、」


 (ことわり)に属する者たちは、赤褐色の髪を持つ者たちを見つめると、赤褐色の髪を持つ者たちの一部が、こくりと頷いた。五人ほどだろうか。


「われわれが、」

「運びついでに、」

「まざるのがよいだろう」

「今日から、われわれは、」

「やしき、ようせいだ!」


 その言葉に赤褐色の髪を持つ、頷いていない者たちは戸惑いの表情を見せる。

 確かに、人間たちの家で住む屋敷妖精とやらに、赤褐色の髪を持つ者たちはよく似ているらしい。

 髪の色も、集団で生活するところも、厨房で仕事をするところも。

 だが──


「宴は、どうするのだ……」


 赤褐色の髪を持つ者のひとりが、ぽつりと呟いた。


「宴のじゅんびは、」

「ほかの者たちで、できる」

「女王さまのごいし(・・・)をまもることも、」

「たいせつなこと」


 ──“女王さまのご遺志”


 そう告げられて、頷いていない者たちもまた、納得せざるを得なかった。

 女王さまはいつだって、誰かが傷つくことを良しとしなかったのだ。人間も、妖精も。


 赤褐色の髪を持つ者たちの足元では、亜麻色の髪をした人間の少女が横たわり、そのすぐ傍では、同胞の少年がしゃがみこんでいた。

 少女と同じくらいの大きさの身体に、その身体の大きさではあるはずのない背中の羽根をへたりと下にむけて。

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