共存のルールに抵触する者
シープリィヒルに住む人間側の住民が共存のルールを持っているように、“ひとならざるもの”である妖精もまた、共存のルールを持ち合わせている。
例えば、妖精である“かれら”の領域に、人間が不用意に踏み込もうとしたなら、ちょっとした悪戯をすることはある。
それが“ちょっとした”ものかどうかは、人間と妖精で多少解釈が異なる──が、基本的には平和的に済ませているのだ。
ざあざあと、雨の音がする。
だが、ここは丘の中だ。
どこにも雨の気配はない。
茶鼠色の集団と遭遇したシェリアたちは、近くの部屋へと移動した。
壁に背をもたれてシェリアが周囲をぐるりと見渡すと、中央にテーブルが見える。ただ、それだけ。
本来ならば、テーブルの付属品として置かれるであろう椅子も他の家具らしきものも見当たらない。
なんとも不思議な光景だ。
妖精が使うには巨大だと言っていいかもしれない大きさのテーブルの上に菓子を置いた妖精は、そのまま自身もテーブルの上に腰をおろしている。
因みに、茶鼠色の小さな集団に混じって、道に属する瑠璃色の少女も突発的に始まったこのお茶会に参加している。
この瑠璃色の少女は、すやすやと先ほどまでお昼寝していたのだが、部屋に着くなり目を覚ましたのだ。なんともマイペースである。
ざあざあと、雨の音がする。
シェリアが額に手を当てると、少年が心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
少年の問いかけにシェリアがこくりと頷くと、少年は眉を顰めてしまった。
特に問題はないはずだ。
降っていない雨の音がするくらいで。
ざあざあ、ざあざあ。
そういえば、隣に座る少年が屋敷にやってきた日も、雨が降っていた。
額に手を当てて俯いていたシェリアは、気付かなかった。
自身の影がゆらりと動いたことに。
ゆらりと動いた影は少しだけ大きくなって、シェリアをずるりと引きずりこんでしまった。
「…………え」
突如、目の前でシェリアが影に呑み込まれたことに、少年は目を丸くした。
だが、驚いたのは少年だけのようで、茶鼠色の妖精は気にも留めない様子だ。
シェリアの道案内役のはずの瑠璃色の少女も、一瞬辺りを見渡したあと、静観する反応を見せた。
なにが起きたのか理解が追い付かない少年は、シェリアが呑み込まれていった床を触ってみたものの、そこに穴などはない。
「──そのうち、かえってくる」
「ただ、それが、のぞむ姿かは、わからない」
「しょうきか、そうでないかは、本人しだい」
困り果ててい少年に、小さな集団は言葉を投げた。少年は、この茶鼠色の同胞を知らない。
年齢不詳で長寿の妖精といっても、少年は見た目通りの年齢しか生きていないのだ。
シェリアから受け取ったばかりの雪玉のようなクッキーをかじりながら、茶鼠色の髪を持つ妖精のうちのひとりが呟くように言った。
「でも、ぶじにかえってくるといいな」
「あの塔のおやつも、おいしかったもんね」
茶鼠色の髪を持つひとりの少女が言うと、隣の少女もまた同意するように首肯し、小さな集団全員が賛同した。
シェリアを影に呑み込ませた張本人でありながら、他人事のような様子でありつつ、シェリアの無事を祈る素振りを見せる。
“ひとならざるもの”である妖精の中のでも、とりわけ異質な存在だ。
シープリィヒルの妖精は、よほどの悪意やでも向けられない限り、人間をこわすような真似はしない。
主な対象は、どこぞの商人や物珍しいものが好きな貴族など。
だが、影に属する妖精は、誰であろうと対象だ。
ただ、そこにいるだけというだけで、どんな人間であったとしても。




