いつかの記憶とちいさな影
年に一度の夏至祭に合わせた、多くの妖精が集まる宴。
とても楽しげな雰囲気に導かれるように、妖精の国へと繋がる扉の隙間から、五人ほどの小さな集団がやってきた。
茶鼠色の髪を持つ妖精。普段ならば、このような集まりには現れない存在だ。
珍しくやってきたのは、美味しそうな匂いでもしたのか。
もしかしたら、風の噂でも耳に入ったのかもしれない。
この小さな集団の目的は、おやつである。
何を隠そう、妖精は人間のつくったものが好物だ。
しかしながら、全ての妖精が入手手段を持ち合わせているわけではない。
人間の家には大抵、赤茶色の髪を持つ妖精が棲んでいて、こっそり雑用などを手伝いながら、供物を頂いている。
道には瑠璃色の髪を持つ妖精が、樹木には翠色の髪を持つ妖精が。
人間と遭遇出来そうな場所には、その場に属する同胞がいるのだが、残念なことに、この小さな集団とは相性が悪いのだ。
この地に棲む多くの妖精は、人間に対して比較的好意的である。
多少、人間から見れば大雑把な考え方をするが、それは在り方の違いによるもの。
そんな人間に好意的なシープリィヒルの妖精から見て、茶鼠色の髪を持つ妖精の持つ性質は、理解しがたいものがあるらしい。
本人たちもわかっているので、普段は扉の向こうにある妖精の国で過ごしていたのだが──
「──風の子がいってたおやつって、やっぱり会場かなあ?」
羽根をひらひらとさせた少女が、嬉しそうに疑問を口にした。どうやら、この小さな集団は噂を聞いて訪れたようだ。
風に属する妖精は、その名の通り特性を持ち合わせている。
気象の風のように、風妖精が動けば、小さな旋風のようなものが巻き起こり、辺りは散らかってしまう。
屋敷に棲む小さな生き物たちにとっては、ある種の天敵のようなものだ。
同時に、移動速度も妖精の中で最も早いので、なにか伝達を頼みたい時には、風に属する者たちに頼むのが良いだろう。
因みに、仮に頼まなかったとしても拾った情報を伝えてくれるので、なにか隠しごとをしたい場合には、周囲の確認を怠ってはならない。あっという間に知れ渡ってしまうからだ。
「……うん。会場にあるみたい」
「……そっか。じゃあ、ひっそり行こう」
目を閉じて、お目当てのおやつの気配を探っていた別の少女が答えると、小さな集団の空気は重くなった。
丘の内部にある廊下を照らす月光灯の光が当たりきらない影の部分が延び始め、小さな集団は、その影の中へと入っていく。
影から影へと移動が可能な妖精は、影に属する存在である。
◇
真っ白な少女と赤褐色の妖精と別れたあと、シェリアたちは、あてもなく妖精丘内の廊下を歩いていた。
丘の上を妖精丘の上を走り回っている妖精犬は現在、久し振りの散歩で、はしゃいでいるらしい。
落ち着くまでの間、こうして時間を潰しているわけだが、それは一体いつまでなのか。
妖精の事情は、人間であるシェリアには分からない。
ざあざあと、雨の音がする。
丘の内部にいるはずなのに、雨降りの中を歩いているような妙な錯覚を覚える。
ざあざあ、ざあざあ。
それは、シェリアの中にある記憶を呼び覚ますように、どこか遠くから聞こえる。
確か、ひどい土砂降りの日だった。
お気に入りの服がずぶ濡れになるのも厭わず、闇雲に走ったような気がする。
「────おねえさん」
遠い遠い過去から呼び戻す声がして、シェリアが我に返ると、指先までひんやり冷えきっていた手は、少年の手に握られていた。
「大丈夫?」
シェリアの身を案じるように、顔を覗き込んでいる少年の瞳が揺れる。
「…………やっぱり、すぐに帰った方が良かったのかも」
シェリアの手を握る手に、ぎゅっと力を込めた少年は、後悔するように呟いた。
「そんなこと……」
否定しようと紡いだ言葉は、視界の片隅で動かしたなにかに気を取られて途切れた。
何故か、シェリアの影がゆっくりと伸びていく気配がしたのだ。
ゆっくりゆっくり伸びて、その影から、小さな生き物たちがひょっこりと姿を現すと、驚きのあまりシェリアの息が止まった。
「おやつ、もらえてよかったね」
「うん。あのおおきな塔には、びっくりした」
「でも、そのおかげで確保できた」
「みんな、塔みてたもんね」
「よかった、よかった」
戦利品のように、プロフィットロールを両手で頭の上で掲げた小さな集団は、シェリアたちの視線に気付くと、ぴゃっと固まってしまった。
「…………どどどどどうして、人間がここに」
「……どうほうも、いる」
「いまは、だれもいないじかん、なのでは」
「あわわわわわわ」
「みんな、おちついて。おちつい、あ、おちる」
あわあわし始めた小さな集団は、動揺のあまり、掲げていたプロフィットロールを落としかけて、更に慌ててしまった。
どうすれば、この場が収束するのかわからないが、きっとシェリアも動揺していたのだろう。
シェリアが出逢った妖精は、人間がつくったお菓子を喜んでいたことを思い出し、問いかけた。
「──よかったら、おやつでもどうかしら」
その瞬間、小さな集団の動きがぴたりと止まった。
「…………おやつ」
人間も妖精も、好物に弱いのは同じらしい。
小さな集団は、こくりと頷いた。




