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妖精犬と月妖精の提案

「……それって、」


 少年が寂しげに微笑んで、シェリアは息を呑んだ。


 妖精(かれら)の楽しげな声が、どこか遠くに感じられる。

 心臓がうるさく騒ぎはじめて、なにか、大切ななにかを忘れているような罪悪感をシェリアは覚える。


 宴に浮かれた妖精によって撒かれた花びらが、宙からゆっくりと舞い落ち、さあっと吹いた風に流れていった。


 シェリアも少年も、どちらも言葉を発しない。


 ふたりの間に訪れた沈黙。

 それを破ったのは、ふいにどこかから聞こえる犬の鳴き声だった。


「……妖精犬か」


 丘の方を向いた少年が、眉を顰めて呟いた。


 シェリアも同じように丘の上に視線をやると、暗緑色の毛むくじゃらの犬が見えた。


 妖精丘を守る番犬。

 あれがきっと、そうなのだろう。


 書物で知っていたが、実物を見るのは初めてだ。

 妖精犬の特性を考えると、遭遇を喜んでいいのか分からないが。


 確か、丘への侵入者を撃退する為に追いかけ回すはずだ。

 丘の内部へ侵入した人間がいたのだろうか。


 シェリアが思案していると、隣から予想外の言葉が聞こえてきた。


「祭りの前倒しで、楽しくなった妖精がいるみたいだ……」


 その言葉によく目を凝らして見れば、暗緑色の毛むくじゃらの犬の背に、小さな生き物が見える。

 なるほど。どうやら、妖精犬をつれてきた犯人はあの妖精であるらしい。


 楽しくなっちゃったのなら、仕方ない。

 と、人間であるシェリアが流すことは少し難しい。


 妖精丘を守る存在である妖精犬は、侵入者を排除する役割を担っている。

 妖精に飼われているともいわれる妖精犬にとって、人間は部外者であり、排除対象だ。

 見つかってしまえば、大変なことになるかもしれない。


「君の屋敷なら安全だと思うけど、今から間に合うかどうか……」


 少年も妖精犬の特性を知っているのだろう。

 シェリアの身を案じてくれている。


 シーリティ伯爵家の屋敷なら、確かに安全だろう。

 妖精(かれら)の宴の会場になっている森からも、丘からも離れたところにあるのだから。


 だが、今から向かってもきっと間に合わない。

 屋敷に辿り着くよりも先に、妖精犬に追い付かれるかもしれない。


 胸元で手のひらをぎゅっと握りしめた。


 ふいに、肩になにかが被されたような感覚に、驚いたシェリアが振り返ると、淡い灯りのような髪を持つ小さな生き物──月妖精が三人並んで立っていた。

 

「さっそくの出番ときいて!」

めくらまし(・・・・・)は、お任せあれ!」

「ペットのしつけ、われわれの仕事!」


 シェリアに被せられた外套は、雨避けのコートもすっぽりと隠れる大きさのもの。

 妖精(かれら)の髪と同じ色の外套は、とても軽やかで重さを感じない。


「変化のぎしきには時間がたりない……」

そくせき(・・・・)だけど、効果はばっちり!」

「きゅうかくも、しかくも、惑わしかんぺき!」


 どうやら妖精(かれら)は、妖精犬から逃げるのを手伝ってくれるようだ。


「これで、クッキー代のはたらき!」

「未来のおかし係のあんぜん確保」

「避難先は、あちらがおすすめ!」


 どうやら、先ほどのクッキーのお礼に助けてくれるらしい妖精(かれら)が、避難先にと勧めてくれたのは、妖精たちの棲み処である妖精丘。


 人間であるシェリアが避難するには、些か、いやかなり危ないのではないのだろうか。

 そもそも人間が立ち入っていいものなのだろうか。


 不安そうなシェリアに、妖精(かれら)が告げる。


「まねかれれば、問題なし!」

「散歩でしばらく、戻ってこない。かえって安心!」

「ひなんばしょに、ばっちり!」


 月妖精がくれた外套は、妖精犬からシェリアを隠してくれるけれど、隠すというよりは存在を誤魔化すに近いらしい。

 ずっと近くにいれば、気付かれてしまうかもしれない。


「行こう」


 少年が差し出した手のひらに、シェリアは躊躇いがちに手をのせた。


 ◇


 シェリアと少年と、道に属する者の義務だとついてきた瑠璃色の少女の三人で、丘の内部を歩く。

 すると、どこからか密やかな話し声が聞こえてきた。


「──もんだいは、誰がつくるか、だけど」

「誰がつくれば、ばくはつ、しないか」

「羽根がもげないか」

「口にいれるまえに、ばーん!と」

「とても、ざんねんなことに」


 なにやら相談しているようだが、内容が大変物騒である。


 口に入れる前、ということは食べ物のことだろうが、ではなぜ、爆発したり羽根がもげたりするのだろうか。

 シェリアは思わず首を傾げた。


「──このなかで、“おまじない”の弱さに、じしんのあるものー?」


 誰かの呼び掛ける声が聞こえる。


「しょくざいと一緒に、屋敷のやつか人間もはいしゃく(・・・・・)するべきだった……!」


 残念ながら、誰も挙手しなかったらしい。

 落胆と後悔が入り交じった声が聞こえる。


「このままでは、宴に並べるおやつがたりない……!」

「どこかに、つごうよく人間はおちていないものか」


 どうやら宴に並べる食物についての会議であったらしい。

 前倒しで宴で開催された為に、間に合わなかったのかもしれない。


 妖精(かれら)が棲む、基本的に人間が立ち入ることが出来ない丘で、そう都合よく落ちていることはそうそうないだろう──普段ならば。


「あ」


 それは、誰の呟きだったか。


 厨房らしき部屋の前を通り過ぎようとしたシェリアの瞳に、小さな生き物たちが映る。

 ざっと数えて二十人はいるだろうか。


 同時に、妖精(かれら)の瞳にもまた、人間であるシェリアが映った。


「にんげんだ!」

「なんと、つごうよく、きゅうせいしゅが!」

「そういん、かくほ!」


 次の瞬間、シェリアは厨房内に連れていかれたのだった。

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