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願いごとと対価

 願いを司る、妖精(かれら)

 シェリアが読んだ書物には、そのような存在は記されてはいなかった。


「……どんな願いごとを叶えてくれるの?」


 好奇心からシェリアが問いかけると、三人のうちのひとりが嬉しそうに誇らしげに答えてくれた。


「さいきんでは、われわれ妖精にまぎれて過ごしてみたいと言っていた人間がいたので、変化のきょうりょくをした!」


 人間が妖精(かれら)に混じって過ごすことに協力してくれるらしい。

 その事実に、驚きを隠せない。


 もしかして、シェリアにも出来たりするのだろうか。

 胸が高鳴るが、同時に不安が過る。


  対価とは、何が必要なのだろうか。

 “ひとならざるもの”に差し出すのだ。

 人間の手に余るものの可能性は十分にある。


「対価って、例えば……」


 恐る恐る問いかけたシェリアに、待ってましたとばかりに、 淡い灯りのような髪を持つ妖精(かれら)のうちのひとりは、嬉しそうに言い放った。


「山盛りのおやつ!!食べ放題!!」

「……おやつ」


 もっと恐ろしいものだと思っていたシェリアは、拍子抜けしてしまった。


「このあいだ、妖精にまざってみたいと言っていた、きみとおなじ髪の人間は、泣きそうになりながらもつくってくれた!」


 大変誇らしげに教えてくれたが、何故泣きながらつくるような事態になるのだろう。

 シェリアが首を傾げていると、横から少年が説明してくれた。


「月に属する妖精は、普段人間のつくった菓子を食べることが滅多にないから、とんでもない量を要求されるんだ。しかも、三人分」

 

「たのしみは分かちあうものだからな!おやつもみんなで分けあうのだ!」


 えへん、と誇らしげに、月に属するらしい妖精(かれら)は笑う。

 淡い灯りのようなどこか神秘的な髪が、月明かりに照らされて輝く。


「もしも、きみたちふたりのうち、どちらかが今の種族をかえたくなったら、そうだんにのるぞ!」


 どこか妖しげに目を細めると、月に属する妖精(かれら)の三人は大切そうにドロップクッキーを抱えながら、羽根を広げてどこかへ飛んでいった。



 月に属する妖精(かれら)は、嵐のように去っていった。


「行っちゃった……」

「かれらは月に属するから、月明かりの下へ遊びに行ったんじゃないかな。呼んだら、戻ってくると思うよ」


 少年の声に視線を向けたシェリアは、そういえば、と思い出す。


「さっき、月に属する“かれら”にお願いしたって言ってたけれど……」

「そう。さっきの妖精たちにお願いしたんだ」

「じゃあ、あなたもお菓子をいっぱいつくったの?」

「ううん。僕は……君のつくったアップルパイを」


 少年は、気まずそうに目を反らした。


「わたしの、アップルパイ」

「……うん。妖精がつくったものを妖精が食べるのは、あまり好ましくないんだ。互いの“おまじない”が反発することがあるから」

「そうなんだ」

「……ごめんね」


 自分がつくったアップルパイが通貨のように使われていることに、シェリアは少しだけ複雑な気持ちになった。

 けれど、妖精(かれら)には妖精(かれら)のルールがあるのだろうし、少年を咎めるつもりもなかった。


「別に、気にしてないし、アップルパイなんて幾らでもつくるわ」


 シェリアがそう言うと、何故か少年は目を丸くしている。


「……僕は、(アンディ)じゃないのに?」

「ええ。遊びにきてくれたら、つくるわ」


 少年は、(アンディ)のふりをしていないとつくってもらえないと思っていたらしい。

 驚いたような、困ったような表情をしている。


「だから、その…………扉の向こうにはまだ、帰らないで欲しいの」


 シェリアは、少年の緑色の衣服─妖精(かれら)の多くが着用している─を指先でぎゅっと摘まんで俯いた。


 今日、この森にきた目的をやっと伝えられたけれど、顔を上げることが出来ない。

 きっと、シェリアの顔は今、赤くなっていることだろう。


「……今回は、帰らないよ」

「そう……なの?」


 驚いたシェリアがぱっと顔を上げると、少年の瞳と視線が重なる。


「だって、帰ったら君に逢えなくなるから」


 そう言った月明かりに照らされている少年の顔は、真っ赤で、シェリアは更に顔が赤くなった気がした。

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