宴の参加は手土産持参で
たくさんのきのこのテーブルの一角に、焼き菓子ばかりを並べられたスペースがある。
その中に見覚えのあるものがある気がして、シェリアは首を傾げた。
小さくて白く丸い雪玉のようなものがみっつ。
下にふたつ、上にひとつと、小さな山のように重ねられて鎮座している。
シェリアがつくったポルボロンに似ているようだが、偶然だろうか。
引き寄せられるように、ふらふらと近付いて間近で確認してみれば、やはりとてもよく似ていた。
白くてまるい、口に入れるとほろほろと溶けていく雪玉のような焼き菓子。
「───ここに置かれているのは、妖精たちのお気に入りのものなんだ」
ふいに、横から声が聞こえて振り返ると、いつの間にか少年が隣にいた。
「…………お気に入り?」
「そう。自分たちの気に入った食べ物を持ち寄っているんだ。他の妖精が持ってきたものが気になったら、それをつくった人間の家に貰いに遊びに行く」
シェリアが確認するように訊ねれば、少年はこくりと頷き返してくれる。
シープリィヒルのどこの家でも、“かれら”に捧げる為の供物を用意されているのだが、どうやらこの宴はその供物の情報交換の場でもあるそうだ。
ここにポルボロンらしきものが並べられているということは、どこかの妖精が、シェリアがつくったこの菓子を気に入ってくれたのだろうか。
そう思うと、シェリアは顔がほころんだ。
王都から帰ってきたあの日、妖精に弄ばれるように作り続けたのは、無駄ではなかったのかもしれない。
感慨にふけっていたシェリアだったが、ふいに頭に疑問が過る。
いや、もしかしたらよく似た違うクッキーかもしれないし、そもそもクッキーでない可能性すらあるかもしれない。
シェリアが知らないよく似たなにかとか。
一度疑いを持ってしまえば、際限なく思考は渦を巻く。シェリアの思考は、うっかり袋小路に入ってしまった。
ポルボロンらしきものをじっと眺めては、これはポルボロンなのか、よく似た違うものかと考えてはみるものの、残念ながらシェリアには結論は出せそうにない。
「───これ、おねえさんがつくったものだね」
「そう思う?」
ぱっと顔を上げてシェリアが振り向くと、少年は目を丸くしていたが、同時にシェリアもまた驚いて固まってしまった。
少年の目線が、シェリアの目線より少し低いくらいの位置にあったから。
先ほどまでは手のひらほどの大きさだったはずの少年が、何故か人間ほどの大きさになっている。
衝撃のあまり、目をぱちぱちとさせたシェリア。
見上げるような高さに、少年の目線がある。
「月に属する妖精が楽しそうに飛びまわっていたから、お願いしてみたんだ」
衝撃のあまり言葉を失っているシェリアに、少年は嬉しそうに笑った。
少年の翠色の髪は、月明かりに照らされてとても美しく光る。
その光景に、忘れかけたなにかを思い出すように、シェリアの心臓がどくんと反応する。
シェリアの雨避けコートの裾をなにかがつつき、振り返ったシェリアの視界には、人間の手のひらほどの大きさの生き物──妖精が映る。
淡い灯りのような美しい髪が印象的な三人だ。
「このうわぎの中から、美味しそうな匂いがする!」
「うたげの参加料をちょうしゅうする!」
「残りはわれわれのおやつだ!」
こんなところに、妖精が喜ぶようなお菓子など入れていただろうか。
首を傾げたシェリアが、裏返しに羽織っている雨避けのポケットの中を探ると、中からドロップクッキーの包みが出てきた。
「…………忘れてた」
アンディが帰ってきたあの日、シェリアが自分の分を食べずにいたのだ。菫の砂糖漬けと一緒に。
「おやつだ!おやつ!」
「まずはテーブルに並べてから」
「ひとり、いちまい」
シェリアの手の中のクッキーの包みが、宙に浮かんで妖精の元まで飛んでいった。
妖精は、ラッピングのリボンをひっぱり器用にほどいていくと、何枚かをテーブルの上に並べ、ひとり一枚ずつの分配する。
鮮やかで手際のいい流れだ。
包みは、丁寧に折り畳まれて、シェリアの手元までふわふわと戻ってきた。
シェリアの手の中の包みを眺めながら、少年は、むむ、と不満げだったが、
「……まあ、月妖精なら仕方ないか……」
と、自らを納得させるように呟いた。
「……月って、さっきも言った……」
「そう、われわれは願いをつかさどるのだ!」
「たいかときぶんで、願いはばっちり!」
「うたげ中につき、今ならおとく!たぶん!」
対価と気分でお得に願いが叶うらしい。
三人は、無茶苦茶な宣伝文句を言って、楽しげに笑った。




