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雪玉クッキーに願いを込めて

 アンディと別れたシェリアは、クッキーをつくるべく厨房へとやってきた。


 シェリアがつくりたいのは、ポルボロン。

 まるくて白い、雪玉のようなこのクッキーは、口に入れると雪みたいに溶けていく。


『ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン……』と、3回唱えることが出来たなら、願いが叶うと言われているらしい。


 慣れない王都での、厳しいレッスンやドレスの為の食事制限に、荒みかけたシェリアの心を癒してくれたこのクッキー。

 シェリアと同じように領地から出てきたという令嬢と仲良くなりプレゼントに貰ったのだ。

 因みに、シェリアが持って帰ってきた包みを見た伯母は、随分と渋い顔をしていた。


 この可愛らしいクッキーなら、きっと、“かれら”も喜んでシェリアの前にも姿を現してくれるかもしれない。


 シェリアは期待に胸を膨らませ、手元のメモを読み上げながら、材料を確認していく。


「……小麦粉、バター、粉砂糖、アーモンドプードル」


 粉砂糖は砂糖をすり潰して、アーモンドプードルはアーモンドを茹でて砕けばいいそうで、それなら自分にも出来そうだと、シェリアは思った。


 どうしてもつくりたくて、シェリアはこっそり滞在している屋敷のシェフにレシピを教えて貰い、伯母に見つからないように大切にしまっていた。

 

「会えるといいな……」


 静寂な厨房に、ぽつりと呟いたシェリアの声が響く。

 シェリアのメモを持つ手に、無意識に力が込もり、紙はくしゃりとシワになった。


 もう、あと数年もすればシェリアは嫁がねばならない。


 それが貴族の娘に生まれた義務であるし、シェリアがいつまでも屋敷にいては、シーリティ伯爵家を継ぐアンディの邪魔になってしまうからだ。


 この土地を離れれば、“かれら”に会えるかもしれない機会はぐっと減るだろう。




 シーリティ伯爵家のかつての当主は、とある“ひとならざるもの”を助けたらしい。


 ある時は、羽根を痛めた“かれら”の足となり。

 またある時は、雨避けとなり。


 見知らぬ人間に対して警戒心の強かった“かれら”の警戒を少しずつ解いていき、この“シープリィヒル”と呼ばれる土地の領主となった。


 ───そう、この、妖精の棲まう土地に。


 この地で出逢ったという記録はたくさん残っていて、シェリアは幼い頃からそれらを読んでは心をときめかせた。


 しかし、とても残念なことに妖精はシェリアの前には現れてはくれなかった。

 

 窓辺にクッキーとミルクを置いて夜通し待とうとしても、シェリアはいつの間にか眠ってしまって、その間に、ミルクの入っていたマグカップも、クッキーの入っていたお皿も、空っぽになっていた。


 妖精たちが羽根を休めていたという木の下で待っても、会えることはなかった。


 シェリアは妖精が見えるようになるという“妖精の塗り薬”なんて持っていないし、見える知り合いもいない。


 きっと、これが、最後のチャンスだ。


 いつの間にか目の前に置かれていた材料の中から、薄力粉を手に取ると、重さを量って、炒めはじめる。


 どうか会えますように、と願いを込めて。

 シェリアのクッキーづくりは続いた。



 ◆



 一年間の鬱憤を晴らすかのように、シェリアが夢中になってつくり続けた結果、いつのまにかポルボロンの山が出来ていた。


 シェリアが指を指しながら数えてみれば、それは三百個もあった。──どう考えても、多すぎる。


 とりあえず、両親とアンディと執事のジェームズ、シェリアの髪をセットしてくれるメイドのエレンに十個ずつ袋に包んでラッピングすることにした。


 更にシェリアの分と、今夜窓辺に置くは別にしたが、雪玉で出来た山は僅かに小さくなっただけで、まだそこに鎮座している。


 何故こんなことになったのかと思い返してみると、どうやらシェリアが材料を消費したそばから補充されていたようだ。


 使っても使っても減らない材料たちに、シェリアは不思議に思いつつも、きっと疲れていて勘違いしているのだと考え黙々とつくり続けていた。

 だが、どうやらそうではなく、妖精たちの悪戯で、シェリアは遊ばれてしまったらしい。

 

 追いかけても決して姿を見せてはくれないのに、まるで存在を主張するかのような悪戯をする。


 とても気まぐれで意地悪で、なんとも可愛らしい。


 シェリアは思わず口元に笑みを浮かべつつ、雪玉の山に視線をやる。


 さて、この山をどうしようか。

 顔に手を当てて思案していたシェリアは、あることを思い出した。


 そういえば、もう、シェリアには、着なければならないドレスもないから、食事制限をしなくてもいいのだ。

 ならばいっそ、自分で全部食べてもいいかもしれない。


 そう結論を出して顔を上げたが、雪玉の山は跡形もなく消えてなくなっていた。きれいさっぱりと。


 まるで化かされた気分になり、シェリアは笑わずにはいられない。


 ああ、どうか。

 この地を去るまでに、その姿が見えますように。


 そんな思いを込めて、シェリアはクッキーを口にすると、ほろほろと溶けていった。

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