第3話 文化の違いを学びましょう2
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アゥイとアイリスが茶を飲んで一時もすると、家に来客があった。身体の大きい強面な男は見た目に反した柔和な仕草と声色でダィクだと名乗る。国長から準備ができたので集会所に来るよう促す言伝を渡すと、ぺこりと頭を一つ下げ自分の家に戻って行った。
ダィクは家畜担当の男で、体が大きく丈夫で気象の穏やかな人物であるとアゥイが教える。アイリスの国であるならばああいった男は軍に入れるか、警備といった仕事に回されるだろうから、ここは適正を見て担当を割り振っているのだと実例をもって証明された。
「では、行きましょうか」
アゥイに促されアイリスは一緒に集会所に向かう。村についた段階ではまだ夕方の明るさがあったが、今ではすっかり日も沈み夜の静けさがあたりを包んでいる。幸い月が出ているから周りの雪が反射して思いの外明るく、道がわからないという事はなさそうだ。
「月が出ているのに、雪が降るのですね」
ちらちらと降る雪が月明かりに照らされて舞う様を眺めながら、アイリスは感嘆のため息を吐いた。
「雲がなくても雪が風に乗って飛んできたりするんですよ。寒いでしょうから長の元に急ぎましょう」
アゥイのいう通り、外の寒さは日中と比べてぐんと下がっており、わずかに吐いた白い息がそのまま固まるのではないかとさえ思うほどに、重くずしりとした寒さが身体を覆う。
(この寒さでも、まだ本格的な冬ではないのか)
今の季節は秋だ。この国では雪が降らない時期は無く一年中雪が降ると聞いたことがある。その中でも冬は極寒だというから、これからくるであろう想像を絶する寒さにアイリスは少しだけ不安を覚えた。
「さ、どうぞ」
村の一番奥まった所にある建物に到着し、アゥイはここが集会所だと説明した。建材や建て方は他とあまり違いはないが、階段幅が広く扉が建物正面の真ん中に位置している。中に入るとすぐに空間が開いた。調理場や寝室といった区切りはなく、ただの箱のような空間は、人が集まるために作られたのだと一目でわかる。
向かって右側には大きめの暖炉があり、中では赤々とした火が踊っている。天井付近の壁には等間隔で柔らかな光を発するガラスの筒が設置されていて、室内は思いの外明るい。
部屋の中心に長方形の敷物が広げられており、その枠部分に位置するように人が座っていた。扉から対照になる一番奥まった場所に国長が座り、そこから真ん中を開けるように両側に1人ずつ。動作は違うものの、入ってきた2人に意識を向けているのが感じ取れた。
「お待たせして申し訳ない。さぁ、座ってください」
国長にゆったりとした口調で促され、2人は国長に対峙する位置に座る。どういった座り方をするか一瞬悩んだが、アイリスはアゥイや他の人たちに倣うように胡座をかく事にした。
「改めてご挨拶させていただく。私は雪の国の長であるヤマ・クライェと申します。此度は遠路はるばる我が国にお越しくださり誠にありがとうございます。次代の長の番として我らの家族となっていただける事大変嬉しく思います」
ヤマの言葉にアイリスが返す。
「機械の国第一王女アイリス・キエロ・フィルカニスと申します。歓迎のお言葉大変痛み入ります、両国のさらなる絆を深めそれぞれの国と民が豊かになれるよう尽力してまいります」
アイリスの言葉にヤマは満足そうに頷くと、「ご紹介が遅れました」と鎮座する他の人物の説明を始めた。向かって右側の男はミキという名で、国長補佐だという。手入れされたヒゲと鋭い目つきが神経質そうな印象を受ける。左側にはユカイというゆたかな黒髪の女が座っており、彼女は各村代表の統括役だと説明される。物腰は穏やかそうではあるが、こちらの腹の底を見透かされているような居心地の悪さをアイリスに感じさせた。
「お住まいは見られましたか?」
ユカイが穏やかな口調と表情でアイリスに尋ねる。怖がらせないように気を使われているようでアイリスは内心ぎくりとした。
「はい。私のためにわざわざ誂えてくださったと伺いました。本当にありがとうございます」
「今回あなたを迎えるにあたって、機械の国から提案をいただいた技術なのです。嫁ぐ娘を思っての事なのでしょう、こういった素晴らしい技術を教授いただけるのはとても助かります。逆にお礼が言いたいくらい」
最後に少し言葉をくだけさせてユカイはいたずらっぽく微笑む。ヤマがユカイに続く。
「湯などすぐに冷めてしまうし、冷めれば凍ってかえって身体に障るだろうと思ったのですが、まさか機械の国には冷めない石という物があるとは。あれには驚きました」
「あの石を循環元の水槽にいれてあるのですね。たしかにそれなら湯の状態を維持できますね。永久に熱を持つわけではないので、定期的な交換が必要ではあるかと」
「ええ、伺っております。今後機械の国とは定期的な交易をする見込みですので、その際に技術部門の方とやりとりをしようかと」
冷めない石。というのは機械の国の特産物だ。
見た目が黒く高い熱を内包する石で、有毒ガスの発生するかなり危険な地帯で取れる。熱を内包しているため、物の熱を維持したり湯を沸かしたりできる事の需要は高そうなのだが、熱砂の広がる国内ではあまり必要とされない。
かといって、外国との交易品として出荷するには取れる数が少ないため、持て余している鉱石だった。
「残念なのはあの石はあまり採れないという話ですね。交易品として輸入して、この国で使用できれば、民の暮らしがぐんと良くなると思ったのですが……」
ユカイがわざとらしく渋い顔を作ってみせた。表情の切り替わりに思わずアイリスがくすりと笑みを漏らすと、ユカイは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ああ、よかった」
「え」
「こちらにお見えになった時肩に力が入ってらしたので、怖がらせてしまったかなと」
アイリスは急いでユカイの言葉を否定しようとしたが、この女性の視線の前では取り繕った言葉は無意味に思えたので、素直に肯定することにした。
「はい、実は少し緊張していました。お気遣いありがとうございます」
苦笑をしたアイリスをみて、今まで黙っていたミキが口を開いた。
「ユカイ、お前の遠慮のない視線のせいだろう。少しは遠慮しろ」
「なんだと、辛気臭いお前の睨めつけるような視線のせいだろう。もっと笑ったらどうだ」
売り言葉に買い言葉で2人の言葉での応酬が始まりそうになるが、ヤマがわざとらしく大きく咳をする。2人ともぴたりと言い合うのをやめて、アイリスに「申し訳ない」と謝った。バツの悪そうな2人の表情は室内に入った最初の印象とは大きく異なっていて、アイリスは困惑もしたが同じようになんだか「可愛いな」と、親ほども歳の離れた相手に抱くことがなかった気持ちを感じていた。
隠しきれないその表情に更に居心地が悪くなったのか、ミキが「そういえば」と話題を切り替える。
「あの家の使い勝手は良さそうですか?この国は外国と比べると上背も幅も大きい。なので少し室内の大きさを調整しているのです」
「使用した物が大きいといった印象は受けませんでした。たしかに良く考えれば調整いただいているからですね。ありがとうございます」
確かに問題はなかったが、アイリスは「しかし」と続ける。
「今は私一人なので良いのですが、いずれはアゥイも一緒に住む事を考えると、私に合わせた事で彼女の生活がし辛くなるかもしれませんね」
「まぁ確かに、アゥイ以外であっても皆体が大きいですからな」
「アゥイ以外?」
「ええ、他の婚約者候補です」
「どういう、ことですか……?」
空気が一瞬固まり、気まずい雰囲気が流れる。原因がわからず空気感に戸惑っているアイリスにヤマが声をかけた。
「申し訳ない。どうやらちゃんとお話ができていないようだ。アゥイは確かに現段階ではあなたの婚約者なのですが、それはあくまでも暫定の話であり、今後変動する可能性があるのです」
「なんですって?」
「戸惑われるのは当然ですね。改めて説明をするべきでしたな、申し訳ない」
改めて、という言葉から事前に機械の国側への共有はされていたのだとわかる。ただ、アイリス本人に共有しなかったのだ。通達漏れの可能性もあるにはあるが、少なくともアイリスの知る父はそういったミスを犯すような人間ではなかったから、これは敢えて伝えずにおいた内容だ。
一瞬怒りが湧いたが、その理由がどこにあるのかを今考えても意味がないことだと溜飲を下げ、自国の不備をアイリスが謝罪をする。その上でもう一度説明をお願いすると、一同は快諾し説明をはじめた。
雪の国の長の任期はその代の長が自身で定める事ができ、代替わりの条件として次期長を自ら教育し自身の跡を継がせる。任命制ではあるものの平等に優秀な人材を選抜するために、複数の村から候補を上げその中から更に絞り込む。次代の長候補の年齢制限はないが、成人の際に狩猟を行う狩人と村内で生活に関することを担う守人以外に定められた者だけだ。そういった者は大体村の代表者やまとめ役になっている。つまりミキもユカイも候補者になれるということだが、2人は今の役職に満足しており候補になることを辞退したのだという。
「今我々が長の教育を受けて、代替わりを行ったとしてもしっかりと長として務められる期間は短く、すぐに次の候補を探して教育しなければならない。ある程度長としての期間が長くなければ後続を育てるなんて余裕はないですからね、正直言って効率が悪い。それならば、若い次期長の補佐として、補佐候補含めて育てる方がよいのですよ」
雪の国は国土が広く村同士の関係が希薄になりがちで、それゆえに広く深く知見を持ち皆を長く引っ張っていける長が必要なのだ。そのため、毎回候補にあがるのは殆どが成人を迎えて5年未満の若者ばかりで、そこで共に切磋琢磨した繋がりが後の各村間の結びつきにも一役買う形になる。
候補者達から次期長を決めるまでの期間は3年間で、現段階で1年半が経過している。現状次期長として最有力なのがアゥイのため婚約者として紹介をしたのだ。
「ですが、別にあなた様の番相手は誰でもよいのですよ」
「え」
「機械の国との話では”第一王女を雪の国に嫁がせる”というのが決まり事で、それが長候補でなかろうと問題がないのです。どうぞ、この国でアイリス様が共に生きたいと思った相手と番になられてください」
優しいヤマの言葉にアイリスは内心ひどく動揺していた。次期長以外との婚姻関係が許されるなど考えたことすらなく、自分は決められた相手と決められたように婚姻関係を結ぶのだとそう考えていた。そこまで考えて、「ああなるほど」と機械の国の王が婚約者が変動する事を伝えなかった理由がわかった。
(どんな結末であろうと受け入れるから、些末な事は伝える必要がないという事ね)
父の理不尽な考えよりも、反論ができない自身のあり方にアイリスはひどく落胆した。無言の彼女を気遣ってかアゥイがアイリスの肩にそっと触れる。
「今すぐに、というわけではありませんから。色々な人とあってお話をしてあなたにとって最良の人を探していければと思います」
労わるような微笑みを浮かべるアゥイに、アイリスは自分のような諦めを感じて「それでよいのか」と尋ねる。すぐ、はっとなり謝ろうとするが、アゥイの言葉が遮った。
「もちろん、あなたの気持ちを尊重はしますよ。ただ、あなたの婚約者の枠を諦めるつもりは毛頭ありませんから、そこは勘違いしないでください」
カアと熱くなりそうな顔を隠すようにアイリスが視線を逸らす。その視線がミキとかち合ったかと思えば、ぴくりともしていなかったミキの口角は若干上がり、さらに小さく吹き出した。
「なっ……!」
「や、申し訳ない。なんともむず痒くなってしまいまして」
今度こそ赤面したアイリスに謝罪にならない謝罪をミキがすると、被さるように楽しそうなユカイの笑い声が響いた。
「実に良いものをみせていただけました。機械の国の方は付き合い方をどうすべきか、なかなか難しそうだと思っていましたが、なんて事はない実に素晴らしいお人柄だ」
「……褒め言葉でしょうか?」
「率直に申し上げて非常に好感を持っております」
良いのか悪いのかわからない評価に一旦お礼を言うと、アイリスは落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸をする。熱くなった頬が少し冷めるのを待ってから、気を取り直してヤマに視線を向けた。
「婚約者の件はおいおい考えるとして、あの家については私1人で住むのでよいのでしょうか?」
その言葉を聞いて、アゥイが手を上げ発言の許可を動作で伺う。ヤマが許可を出すと、アゥイが少し身を乗り出した。
「それについてなのですが、しばらくは私がアイリスと共に住んでもよいでしょうか?」
「ならん」
間髪を入れないヤマの否定の声に、その場が一瞬でひりつくのをアイリスは感じた。
声色は相手を叱るものだったが、当の本人は釈然としない面持ちで返す。
「別に私が一緒に住んでも問題ないでしょう。むしろここでの生活に早く慣れていただくためにもその方がよいかと思っています」
「それは他のものに示しがつかないだろう。お前のことは信用しているが問題はそこではない」
「だからと放っておくのですか?それこそ信頼して王女を嫁がせた機械の国に対して不誠実ではありませんか」
「放っておくとは言っていないだろう、揚げ足を取るような物言いをするな」
だんだんと熱を帯び始めた2人の言い合いに「そこまで!」という声と共に大きな柏手が入る。音の主であるユカイは合わせた手をそのままアゥイの方に向ける。
「アゥイの言う事も一理あると思いますよ。最初から1人で住むのは無理があります。冬の始まりまでだけでも共に過ごす相手がいた方がよいかと」
そう思うだろう、と振られミキも同意を示した。
「長が言うようにアゥイがアイリス殿と住まうのは避けた方が良いでしょう。あくまでも候補なのですから余計な心配を招く行為は控えるべきだ、だから他の者を立てるのが最良かと思います」
「他のものについては、私が明日にでも選んでまいりますよ」
ユカイはどんと胸をひとつ叩くと、ヤマとアゥイ2人を見つめ「問題があるか」と目で回答を促す。2人は少しの間の後に、同じようにため息を吐いてみせた。
「アイリス殿はそれで構わないか?」
落ち着かせるように髭をひとつなでつけてヤマが尋ねる。
「はい、私としても誰かが共に居てもらえるのは、ありがたいです」
決定だった。
その後歓迎の宴を明日行う事を伝えられ、家でゆっくりしてほしいと解散となった。
家につくと、ユカイが一緒に住む者を連れてくるまでの間で、最低限必要になる基本的な家の使い方をアゥイから教えられる。帰り際のアゥイが、なんとなく寂しそうな雰囲気を出していたので、アイリスが気を遣ってくれた事へ感謝を伝えると、なんともいえない顔をして去って行った。
1人残された家の中で、明日のことを考えアイリスは少し憂鬱になった。
(あれは嘘ではないけれど、歓迎できるものでもないのよね……)
すぐに誰かと共に住む事はアイリスにとっては想定外だった。正式な婚姻を結べば相手と共に住むであろう事は理解していたが、それまでの間は1人の生活だと考えていたものだから今回の提案は正直問題だ。少なくとも1人の時間は絶対に必要なのだが、立場を考えると断る事はできない。暖かい床にぺたりと座り頭を悩ませていると、扉を叩く音に思考を遮られる。アゥイが何か伝え忘れたのだろうかと扉を開けると、そこには見知らぬ少年が立っていた。
少年は大きな目にぐっと力を入れてアイリスを睨みつけ、そのまま顔を寄せる。
「いいか、俺はあんたをアゥイの番候補だなんて認めねぇからな」
彼は喉の奥を唸らせながらそう言い放った。