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隣国の花  作者: 練りこみ藤吉郎
2/5

文化の違いを学びましょう1

2.


「いやぁ、噂には聞いていましたが、本当に通る声をしていらっしゃる!」


 たっぷりとした髭を蓄えた初老の男が豪快に笑う。男は村にやってきた2人を出迎えると、国長のヤマだと名乗り楽しそうに数時間前の事を語ってみせる。

アイリスは困ったように微笑むが、その内心は決して穏やかなものではなかった。


「お恥ずかしい。はしたない所をお聞かせしてしまいました」


 アイリスの言葉にヤマは瞬きをすると、ひげを撫でつけ困ったように笑って見せた。


「なぁに国民性ですから何も恥じる事などございますまい。むしろ民族としての誇りをお持ちになるべきかと」

 「…ありがとうございます」


 これ以上は失礼に当たると素直に礼を告げる。


「しかし、聞きしに勝るとはこの事ですな。かつては山を2つ越える者もいたとか」


 ヤマの言葉にアイリスは苦笑を漏らすと、自国に山はないからどうだろうかと言葉を濁した。


 アゥイから彼女が婚約者である事を告げられたアイリスは、驚きのあまり大声を出し、機械の国民の特性である「よく通る声」によって、山一つと平原を越えて村に声が届いたのだった。

 アイリスはこの特性を特に嫌っており、心の中で舌打ちをする。特性で仕方ないとはいえ一国の王女が人前で大声を上げるのは、恥ずかしい事だと教えられているからだ。


----幸いマイナス要素として捉えられてはいないようだけれど…

 各国にはそれぞれの環境に合わせた国民の身体的特性がある。アイリスの生まれである機械の国では「よく通る声」を持っており、これは広大な大地でもコミュニケーションを取る事ができる。雪の国であれば身体が丈夫で大きく、力の強さなどは他国は比にならない。山は僅かな明かりでも夜目が効き、バネのように強靭な脚を持つ。海の国はエラ呼吸と肺呼吸を使い分け、水陸両方で生きていくことが可能だ。

ーーそして共通している事は、ほぼどの国も国民性を誇りに思っている。機械の国を除いて。

 どれも国の気候に合わせて特化したものだが、機械の国だけはどうも当てはまらない。それも国として相手にされない理由の一つであるとアイリスはひっそりとため息をつく。


「国土が広いから、今のように首都で生活されていなかった頃に重宝されたのでしょうな」

「国長、ほどほどにしないと夜が明けてしまいます」


 尚も続けようとする言葉をアゥイが遮る。少し呆れたような声色に国長は別段気を悪くした様子もなく、「そうだな」と首肯を返した。


「フィルカニス殿の家は用意しておりますので、どうぞ荷物を置くついでに見てらしてください。ご挨拶と今後のお話については後ほど改めて」


 国長はそう締めるとアゥイにアイリスを案内するように告げて、その場を去る。残されたアイリスがアゥイをちらりと見ると視線に気づいたアゥイはすぐに微笑み「では、行きましょうか」とアイリスの荷物を持って歩き出した。


 アゥイに先導されながら村の中を歩く。道は舗装されておらず人々が歩いて踏み固められた土が雪の間に見える。道を挟み込むように積もった雪はアイリスの大腿くらいまではあり、うっかりハマらないよう注意が必要そうだ。建物と建物の間は広く、もう一つ同じ規模の建物が建つ程度には空いている。住める土地の少ない機械の国であればこの間に2つは住居を構えるだろう。縦に積めばもっと戸数を増やせる。


「なにか面白いものはありましたか?」


少し歩みを緩めて横についたアゥイが尋ねる。


「あ、いえ。はい、そうですね。正直初めて見るものばかりで、何もかもが新鮮です」

「なるほど、例えば?」

「ええと、そうですね。まず雪です、私の故郷では文献でしか雪を見たことがありませんでした。そして土も、種類が違うようです。建物も木造なのですね、建物のほとんどが木造で、しかもこんなに深い色の木で造られたものは、はじめて見ました。どれもなんだか美しいと思います」


 一つ一つを指差しながらアイリスが説明するのを、アゥイは、うんうんと嬉しそうに頷いてみせる。


「当たり前をそんなふうに感じでもらえて嬉しいです。この国の者があなたの国に行けば、きっと同じように感じるのでしょうね」


 アゥイの言葉にアイリスはそうだろうか、と疑問に思った。この国と比べて機械の国は暑く空気が悪い。道幅は狭く治安の差がある街並みは、お世辞にも美しいとは言えないだろう。


「・・・アゥイは、私の国に来たことがあるのですか?」

「はい。数年前、婚約の話を雪の国の長と、あなたのお父様が話をする際に」


 ということは3年前だが、アイリスの記憶では挨拶の場にアゥイの姿はなかったはずだ。

アイリスの無言から言いたいことを悟ったのか、アゥイは気まずそうに頬をかく。


「あの時私は道に迷ってしまいまして・・・約束の時間に間に合わなかったんです。機械の国の王が気を利かせてくださって、大人だけで話をする流れになった。と後で聞きました」


 国長には帰りの道中ずっとお叱りを受けました、とアゥイは笑う。アイリスは当時を思い出すが父親からそういった話は何も聞いていなかった。婚約相手が女性だと気づかれれば、婚約を受け入れない可能性もある。とあえて伏せたのかもしれない。


「さ、ここです」


 アゥイの言葉に、顔をあげるとこじんまりとした木造の家があった。他の家と変わらず地面から柱を伸ばして床を高くしている。どっしりと重たい色の木は雪の国のものだろう。扉前で足の雪や泥を払い中に入る。扉を閉めると先ほどの寒さが嘘のように体感温度が上がった。


「暖かいですね」

「はい。壁の中が複数の層になっていて、中の熱を逃さず外の冷気をいれません。あ、靴は脱いでください」


 家に入ってすぐのところに敷物があり、アゥイはそこで靴を脱ぐ。アイリスも習うように靴を脱いだ。


「床が」

「床下は定期的にお湯が循環するんです。これは機械の国が技術提供したもので、ここは村唯一の床下暖房付きの家です。あなたの到着に間に合って本当によかった」


 アイリスの目が見開かれると、アゥイは嬉しそうに笑う。上着を脱ぎアイリスの上着とあわせて上着掛けにひっかけた。


「立ち話もなんですから、お茶でも淹れましょうか」


 そっとひかれた木製の椅子は真新しく、自分の為に用意されたのだと思うとアイリスの胸が少しだけ痛んだ。


—-------------------------


「お口に合いますか?」

「はい。美味しいです」


 出された茶を飲んで、アリスは「ほう」と小さく息を吐いた。

暖かい茶に甘い花蜜とたっぷりの乳を淹れたものは、故郷でよく飲んだものを思い出す。

あれは香辛料がたっぷり入っているから香りはだいぶ違うが、甘さとまろやかな乳の味わいは同じだった。


「さて、お話をしておきたいことがあります」


 するりと入ってきたアゥイの言葉に、緩んでいたアイリスの緊張が一瞬で戻る。


「ええと」

「あははは。すみません、緊張しないでください。婚約者が女であることをご存じなかったようなので、改めてお話しておいた方がいいかなと思ったんです」


 その言葉に、アイリスは肩の力を抜き「お願いします」と頭を下げた。


「雪の国では、婚姻関係にある2人の事をつがいと呼びます。番は恋愛感情がないとは言いませんが、相性や利害の一致を目的として関係を持つのが基本です」

「利害?」

「はい。機械の国では婚姻後どのように生活を営まれますか?」


 質問を口の中で反芻し、アイリスは自国の事を思い描く。そもそも機械の国はほとんどの国民が婚姻を結んでいない、というよりも許されていない。砂漠が延々と続く土地柄上、資源問題は常に逼迫した状況であり、人口を増やさせないよう国民同士の関係を希薄にさせる法律が組まれている。


「あの、私は自身の事やある程度の人々の生活しかわらないのですが・・・」

「はい。そちらでは婚姻はとても特別な権利でしたね。ご存知の範囲で構いません」

「婚姻ができる人々は基本的に男女です。婚姻は子供を持つ権利を同時に有していますから、必然的に男女での婚姻のみが許されています」


そこまで話をして、ふと沸いた疑問を口にする。


「こちらの国では同性でも子供を作れるのですか?」

「いいえ、それはできませんねぇ。できたら良いのですが」

「身体構造は同じなんですね」


 よかった。とアイリスはそっと心の中で安堵のため息を吐く。もし異なっていたとしたら国に馴染むのが想定よりずっとかかってしまう可能性があったから。幸い海の国のような差異はないようだ。


「続けますね。その上で、基本的には男性側が政治や会社を経営し、女性側は家での作業を行うことが多いです。子供を産む上で心身ともに健康な状態を維持する為です」

「作業というと、家事でしょうか?」

「いいえ、そういった事は下働きの者が行います。妻が行うのは子供を産んだ際の勉強や、育てていく上での知識を増やしたり、夫の精神的支えになるよう努める・・・などでしょうか」


 アイリスの回答に満足したのか、アゥイはお礼をのべて椅子に大きくもたれる。


「雪の国では人口を減らさない事を最大の目的としていて、理想は増やす事です」

「我が国とは逆ですね。でも、それとどう繋がるのですか?」

「はい。この国は極寒です。今はまだ雪の量が少ないですが、本格的な冬を迎えると上がっている床の高さまで雪が積もります。その中でも狩りをし、外敵と戦います。村の中は比較的安全ですが、家畜のための水を汲みに外に出る必要があります。生きる為に外に出る必要があり、そこで簡単に死にます」


 死ぬ。その言葉にアイリスの喉が鳴る。


「死ぬ・・・んですか。狩りや外敵との戦闘はわかりますが、水を汲みにいっただけで?」

「はい。雪が落ちてきたり、積もった雪の間にはまって身動きが取れなくなったり、吹雪で前後不覚になったり。あげ出したらキリがありませんが、自然の前に私たちは動物たちと比べものならないくらい弱いです」


 アイリスは雪の国の地層について文献を目にした事がある。複数の層内にかなり固い地盤が存在しており、地下水にたどり着くことが困難で、井戸を作ることができない。対処法として川に水を汲みにいくのは知っていたが、流石に時代が変わって変化しただろうと考えていた。しかし状況は文献内と変わらないようだ。


「そこで生存率をあげる為に、我々は得意な分野を担当する事にしたんです」

「得意な分野、ですか」

「はい。狩りが得意、家畜の世話が得意、採取が得意、人に物を教えるのが得意、育児が得意。そういった事をそれぞれで担当します。そこに性別は関係ありません」

「でも、男性の方が筋力があるのですから、狩りなどは男性が行った方が効率がよくないですか?」

「その男性が怖がりであったら?弓の能力が低かったら?力ばかり強くても、狩りに向いているとは言えない。力が強く、辛抱強く、穏やかで、体が丈夫ならば家畜の世話の方が適任です」


 アゥイはカップに口をつけると、一口啜り話を続ける。


「成人を迎えた後、自分の担当が決まった後に番を探します。大体の人は狩人と村内の作業者である事が多いですね、気性が合うことが多いのかもしれません。番を持つものと持たないものでは精神面での安定や、生きることへの執着度合いが変わります。だから番を作るのです。」

「・・・番の目的は生存率をあげる事だから、そこに性別は関係ないんですね」

「はい、その通りです。お互いがじっくりと話し合い、一番都合の良い存在と生活を共にする。子を産みたいのであれば都合のいい相手と作る事は問題ではありません」


 まぁ、大体は番と子供を作りますね。アゥイは言いながら片眉をあげてみせた。

 機械の国と文化の違いがある事は認識していたが、ここまで大きく異なるという事に、アイリスは頭を殴られたような衝撃を受けた。この国はおそらく価値観全てが何もかも違う。雪の国での子供はまさに宝である。生まれた子供は村全体で守り育てていくが、機械の国は望まれない子供は資源を食い潰す存在として、問答無用で処分される。貧民街で処分される子供の数は1日でこの村の人々と同数だ。一度だけ訪れた貧民街を思い出し、アイリスは湧き出る嫌悪感を振り払うように、甘い茶を飲み下した。


「だから、私の婚約者は性別は関係なく、あなたなのですね」

「はい。この婚姻は次期国長と王女の間で行われるという話でしたから」


 アゥイの声色は嫌悪も疑問も持っておらず、それがアイリスにとってはひどく違和感を感じさせた。周りの決めた婚姻であるし、それだとアゥイのいう生存率があがらないのではないか。そのまま疑問を口にすると、アゥイはきょとんと目を瞬かせ、すぐに困ったような笑みを浮かべた。


「長という立場上は仕方がないのでしょうが、割と前向きなんです」


 どうして、と顔に出したアイリスをみてアゥイはぐいとカップを傾け、言葉を続ける。


「だって、それくらいあなたは魅力的じゃないですか」


 カップの下から現れた人懐っこい笑顔から隠れるように、今度はアイリスが自分のカップを大きく傾けたのだった。


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