ラジオから──
その日、私は一人会社のオフィスで残業していた。しかも仕事の量はかなり残っており、このままでは0時を越えてしまうという目算だった。
実は私は臆病で、寝るときは電気をつけるほど。だからこそこの普段は二十人ほど入って仕事をする広い部屋に一人というのが怖くて仕方がなかった。
当時はスマートフォンなどなく、携帯電話ですらそれほど普及していない時代だったのだ。
オフィスから見える街灯の灯りも薄暗く、夏の夜を不気味にしていたので、少しばかり明るくしようとオフィスの灯りを全てつけて仕事に打ち込んでいたのだ。
そんな臆病な私だが、それを助けてくれるアイテムがあった。それは『ラジオ』だ。音があれば賑やかになり、たった一人でもそれを忘れて仕事に専念でき、さっさと終わらせることが出来ると思っていたのだ。
作戦が功を奏して、仕事ははかどった。このままなら0時になる前に帰れるかと思ったところだった。
そんなとき、ラジオのパーソナリティが声を潜めて雰囲気を作り『怪談スペシャル』のコーナー発声をしたので驚いた。
だが仕事は波にのっている。ここで手を止めてはいけないと、仕事に集中しようと思ったがダメだった。
読者投稿の始めの怪談が怖すぎた。かといって解決できるものでもなくモヤモヤが残るものだ。こんなものを二つ、三つと聞いていられない。
私は席を立ってラジオを消しに行った。とたんにシン──とオフィスは静まり返り、壊れそうな空調のバタバタという音がなおさら恐怖を誘った。
仕事はもう少しだが静まり返ったこの場所で仕事をし続けるのは精神的にもたないと思いラジオにてを伸ばす。
そして思った。なにもいつも聞いてるこの周波数の番組でなくてよいだろう。他に楽しい話題を繰り広げている番組もあるはずだと考えたのだ。
しかしスイッチを入れたら例のパーソナリティが怪談をしているだろう。それの文言を一つでも聞いたら怖いし気になってしまう。
私は音量調整のツマミを掴んで無音にしてからラジオのスイッチを入れた。
そしていくらか周波数をずらしてからボリュームを上げ始めた。それとともに周波数のツマミも調整してゆく。
サーサーサーという音が少し怖かったのでボリュームを上げる手を止めて、周波数を合わせる指だけ動かしていた。
サー サー サー
サー サー サー
サー サー サー
なかなか番組がつかまらない。いつもの番組以外はよく知らないのだ。
サー サー サー
サー サー サー
サー サー サー ……て
ん? と思った。何か声を拾ったと思ったのだ。
急いで調整しようとしたので、番組を通り過ぎてしまったのだと思い、調整のツマミをスローペースで戻していった。
ザザ サー サー
ピー ガロ ガロ
サー サー サー
先ほどと違い、音に変化があったので番組が近いと思った。楽しい番組ならいいなあとも。
すると徐々に声が聞こえて来てホッとした。
……て ……すぅけて
たぁすぅけてえ
た す け て
たーすーけーてー
たぁすぅけぇてぇ!
だぁずぅげぇでぇ!!!
私は驚いてスイッチを切り、仕事をそのままにして荷物をまとめて会社を飛び出した。一応カギはちゃんとかけた。
心臓が早鐘のようになる。もうあんな場所で仕事はできない。降参だ。
家に帰って、明日早く出社して仕事を片付けようと目覚ましをセットし電気をつけたまま寝た。
そして浅い眠りしかとれなかったが一応の睡眠をとったと自分を納得させ会社へ。
太陽の光が入り込んだオフィスにホッとしながらも一応灯りはつけた。だがラジオはつけなかった。
仕事もようやく終わらせらことができ、ホッとしながらイスにもたれ掛かると、女性社員の鈴木さんがやってきた。
「おはようございます。あら佐藤さん徹夜ですか?」
「おはよう。いや早く来ただけ」
「そうですか。あらラジオくらいつければいいのに」
そう言って彼女はラジオな手を伸ばす。私は驚いて小さく彼女へと声をかけた。
「待って!」
「え?」
しかし、彼女はスイッチを入れてしまった後だった。そのとたんラジオから最大ボリュームのような声が聞こえた。
どうして!!
たすけて!!
くれなかった!!
サー サー サー
サー サー サー
サー サー サー
後で調べると、その周波数に番組などなかった。