第八話 嘘をついたのは誰?
そこで、マクシミリアンが手をぱんっと叩く。
「そこまで、ユリアヌス。新しい領主エヴェリーン嬢の御前ですよ」
「……ちっ」
舌打ちして、ユリアヌスと呼ばれた青年はわたしに向き直った。
「失礼。あんた――あなたが、エヴェリーン様?」
「ええ。あなたは? ジーグルトがわたしを助けてくれたのは、紛れもない事実なの。つっかかるのは、やめてちょうだい」
「……はいはい。俺はユリアヌス・フォン・ローゼンシュティール。ヴァイスヴァルトの騎士団長だ。どうぞ、よろしく」
彼は典雅に一礼した。
「あら、まあ。ずいぶん若そうなのに、騎士団長?」
「前の騎士団長も、ヴァイスヴァルト家が全滅したときに殺されたんだ。それで、副団長だった俺が繰り上がって、騎士団長に。――それより、申し訳ない。俺が部下と一緒に迎えにいく手はずだったんだが……」
「いえ、仕方ないわ。手紙が間違っていた――ううん、罠だったんだもの」
わたしは手紙を見下ろして、ため息をついた。
「そのうち、うわさも届くでしょうから言っておくわ。わたしは、第三王子オトフリート様に婚約破棄されたの。冤罪だけど、わたしが妹に過剰な折檻をしていたと言って……。おそらく、この手紙はオトフリート様が祐筆に書かせたものよ。わざと、到着の日付を後ろにずらして書かせたんだわ」
わたしの説明に、ユリアヌスとマクシミリアンは顔を見合わせていた。
「あなたは、第三王子に嫌われているということでしょうか」
「まあ、そうなるわね」
マクシミリアンの質問に、迷わずうなずく。
「でも、だとすると偽物の迎えは一体誰が……?」
マクシミリアンは考え込みながら、ユリアヌスに偽の馬車のことを説明していた。
「特定するのは難しいだろうな。手紙が届いたとき、エヴェリーン嬢が来ることを騎士たちや使用人一同に知らせたから。城下町に行って、その話をどこかの店でして、盗賊の一味が耳に挟んだってところだろう」
ユリアヌスの推理に、わたしは納得した。
「でしょうね。わたし、かなり長いこと待っていたもの。そこに目をつけて、偽の馬車を寄越したのね」
「ああ。あんたが待っていた領地境には、詰め所があるからな。そこでさらえば、兵士が出てくる。それを警戒して、偽物の馬車で一旦あんたを連れ出して、目につかないところで襲ったんだ」
ユリアヌスは言い切ったあと、「くそっ」と舌打ちしていた。
それなら馬車をひっくり返す必要はなかったのに……とわたしは、まだ痛む足を意識した。
「ジーグルト。エヴェリーン嬢を助けてくれたのは、感謝する。だが、もう帰ってくれ。あんたは容疑者のひとりだぞ」
ユリアヌスがジーグルトに向き合ったところで、わたしは手をあげた。
「待って。容疑者ってどういうこと? ヴァイスヴァルト家殺害事件の容疑者?」
「そうだよ。王都にも、知らせはいったはずだろ。獣の噛み痕が致命傷だったんだ。ヴァイスヴァルトには昔から、狼の獣人族が住んでいる。疑うな、って言う方が無理だろ。最近、ヴァイスヴァルト辺境伯は、獣人税を課そうとしていた。それに怒ったに違いない」
「獣人税? 獣人にだけ課す税金ってこと? それは、ひどいわ」
「俺も、ひどいとは思うよ。団長と一緒に、意見もしたよ。マクシミリアンもな。でも、ヴァイスヴァルト辺境伯は聞く耳持たず。辺境伯が存命だったら、来年にも、獣人税法が施行されていたかもしれない」
ユリアヌスに「なあ?」と声をかけられても、ジーグルトは沈黙していた。
ジーグルトには、動機があるということね……。
「俺は葬式が終わったあとすぐ、狼族の長ジーグルトを呼び出して尋問したんだ。でも、自分たちではない、の一点張り。話が平行線で進まないもんだから、新しい領主の到着を待って事件の捜査指揮もお願いするつもりだったんだが――」
ちらりとユリアヌスに見下ろされる。
頼りない、と思われているのだろう。
「話は、わかったわ。事件の捜査指揮は、わたしが引き継ぎます。まず、ジーグルトを帰すのは待ってほしいの。わたしは彼に話を聞きたいから。一旦、ふたりにしてちょうだい」
「……危険だ」
ユリアヌスが気色ばんだけれど、わたしは首を振る。
「わたしとジーグルトがふたりになって何かあれば、ジーグルトの仕業だってすぐにわかるじゃない。彼は、そんな馬鹿なことはしないはずよ。そうよね、ジーグルト?」
「ああ。それに、俺は誰かを傷つけたりしない」
「そう信じているわ。あと、この領地に来て真っ先に助けてくれたジーグルトへの信頼は厚いの。言ってしまえば、あなたたちよりもね」
「俺やマクシミリアンを疑うのか?」
「だって、わたしはあなたたちを知らないもの。領主たる者、公平に見ていく必要があるはずよ。……さ、ユリアヌス。マクシミリアン。退室して。ユリアヌスは、部屋の外で待機していて。何かあったら叫ぶから」
「へいへい。結構、図太いお嬢さんだな。助けてくれたといっても、自作自演かもしれないんだぞ。気をつけろよ」
肩をすくめるユリアヌスを見上げて、微笑みたくなった。
ああ、そうだ。これも言っておかないと。
「先ほどから、ずいぶん愛想のない女だと思われているでしょうね。実は私は、半年ほど前から表情が凍りついてしまったの。笑ったり怒ったりできないの。表情がないからとっつきにくいかもしれないけど、ごめんなさいね。他の使用人や騎士たちにも、知らせておいて」
わたしが淡々と説明すると、ジーグルトは驚いていた。
「どうして、そんなことになったんだ?」
「わからないわ。お医者さんも、お手上げ。心因性じゃないか、とは言われたけど。治る保証はないし、治療法もわからないから、ずっとこのままかも。――とにかく、よろしくて?」
わたしが問いかけると、ユリアヌスとマクシミリアンは驚きを隠せない表情でわたしを見つめてうなずいていた。
「結構。では退室を」
促すと、ふたりは並んで部屋を出ていった。ディートリヒも、彼らに続く。
扉が閉められたあと、わたしはジーグルトを見上げた。
「座りましょうか」
「……ああ」
わたしたちは、部屋の隅に置かれていた二脚の椅子を部屋の真ん中に持ってきて、向かい合うように座った。




