第三十三話 捕縛
馬車に揺られて数日かけ、ようやくヴァイスヴァルト辺境伯領の城に着く。
着いてすぐ、わたしは城を飛び出す。
城の外で待っていたジーグルトに、黒い狼が何かを話している。
「どうしたの? ジーグルト」
「つい二日前、狐と思しき女が住む家を見つけたらしい。家のなかは見られなかったらしいが、ギーゼラとよく似たオレンジ色の髪だったと言っている」
わたしはマクシミリアンから預かってきた地図と場所を書き留めた紙を懐から取り出して、その場で広げる。
するとハイデが変身して、人の姿を取り、地図をのぞきこんできた。
紙に書かれた住所を元に、地図をたどっていく。
「そこは……ここ?」
わたしが指さすと、ハイデが大きくうなずいた。
「今、彼らはどうしているの? もう捕らえた?」
「まだ、してないよ。長の判断を仰ぐつもりだったから。もう捕らえていいの?」
「ええ。片割れ――夫のほうが、王都で見つかったの。妻のほうも、捕らえましょう」
「王都の、どこにいたの?」
「王太子に化けていたんだ」
ジーグルトの答えに、ハイデは驚いて絶句していた。
「逃げられたら困る。ハイデ、仲間を呼んでくれ。狼族総出で向かうぞ。俺は、エヴェリーンと一緒に馬で行く」
「わかった!」
ジーグルトの命を受け、ハイデはまた狼の姿になり、駆けていった。
「行こう、エヴェリーン」
「ええ」
馬車だとどうしても遅くなるし、これから向かう市街地では走りにくい。そういうわけで、わたしたちは馬車ではなく、それぞれ馬に乗った。
わたしの前に、器用に猫姿のコルネールが飛び乗る。
「エヴェリーン様も、体力あるよね。長旅で疲れてるだろうに」
「まあね。でも、こればかりは休んでいる暇はないわ。捕縛は、領主であるわたしも見届けないと」
わたしは笑って、馬を走らせた。
少し遅れて、ユリアヌスと騎士たちが馬で走ってきた。
わたしが目的地にたどりついたときにはもう、狼族と思しきひとたちが家の前で待機していた。
狼姿だと、町人の目をひいてしまうからだろう。
「カタリナは、縄で縛ったよ。狐の子どももいたから、一応縛っておいたけど」
家から出てきて、ハイデが報告する。
わたしはうなずき、ジーグルトのあとに続いて家に入っていった。ユリアヌスと騎士たちが、わたしの後ろに続く。
家のなかで、縛られた子どもと女性が床に座っていた。どちらも、同じ色の髪をしている。
女性のほうは知らない顔なのに、どこか懐かしい感じがした。
捕らわれているというのに、慌てた様子もなく、静かにこちらを見ている。
「ヒルダ」
「…………」
「いえ、ヒルダじゃなかったわね。カタリナ。わたし、あなたが嫌いじゃなかったわ。静かでも、どこか毅然としていて。こんなことになって、残念よ。あなたの夫は、王都で捕らわれたわ。あなたたちが、ヴァイスヴァルト辺境伯一家を殺したのね? あなたはヒルダと入れ替わって、夫を引き入れたのでしょう?」
尋問するまでもなく、わたしが質問すると彼女は黙ってうなずいていた。
「どうして、そんなことを」
「わたしたちは、全てを奪われたわ。もちろん、狐族のなかに悪さをする者がいたことはたしか。でも、人間だってそうじゃない。善人も悪人もいる。そんな当たり前のことで――わたしたちは故郷を失い、子どもを殺された」
カタリナはうなだれ、隣に座る少年を見てからわたしに向き直った。
「わたしとクリストフは、たしかに罪を犯したわ。でも、この子はわたしたちが巻き込んだだけ。入れ替わったふたりの面倒を見るように言いつけていたの。この子は身内が死んだことしか知らなかった」
つまり、カタリナたちが彼の親を殺したことは言っていなかったのだろう。
「狐族の子どもは、どうしても殺せなくてね――。念のために人質にしておこうと監禁したふたりを、管理させていたの」
「どうして、あなたは王都に行かなかったの? 王都に行ってクリストフに知らせて、逃げることだってできたでしょう?」
「……わたしはこれ以上、罪を重ねたくなかった。兎族の村で暴れたのはたしかだし、クリストフを城に引き入れたのはわたし。だから、間違いなく共犯。でも……信じにくいとは思うけど、わたしは誰も殺していないの」
「殺したのは、クリストフ?」
「ええ」
「そう」
わたしは腕を組んで、ジーグルトを見やった。
彼は静かにうなずいていた。
「兎族は思った以上に生き残っていたし、ヴァイスヴァルト辺境伯一家も、ひとりで殺せないこともない人数だ。カタリナの言っていることは、正しい……可能性が高い」
ジーグルトは、慎重に言葉を選んでいた。
カタリナが誰も殺していないからといって、無罪とはいかない。クリストフに協力したからだ。
「あなたの罰については、一考しましょう。だけど、クリストフは兎族を殺し、仲間の狐も殺し、ヴァイスヴァルト辺境伯一家を殺した。これだけ殺していたら、死罪は免れないわ。そして、協力したあなたにも、死罪の可能性がないわけではないのよ」
「わかっているわ」
カタリナはもう、観念しているようだった。
「早く、ふたりを解放しましょう。閉じ込めてある部屋の鍵は?」
「その、机の上に」
カタリナが顎で示したので、わたしはふたつの鍵を持って、奥の部屋に向かった。
簡素な扉を鍵で開こうとしたが、開かなかったので、もう一方の鍵を試す。
すると、扉が開いて見覚えのある姿が目に入った。
「……ヒルダ」
今度は、本物のヒルダだ。
彼女は当然わたしに見覚えがないので、目を細めていた。
「失礼。わたしは、エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラス。新しい辺境伯よ」
「あなたが? 旦那様や奥様は――?」
「残念ながら、殺されたわ。一家全員ね」
わたしの言葉を聞いて、ヒルダは顔を覆って泣いていた。
家具といえばベッドぐらいしかなかったが、清潔そうな部屋だったので、わたしはひとまず安心する。
「ユリアヌス。ヒルダを頼むわ。とりあえず、城に連れていきましょう」
「はっ」
ユリアヌスがヒルダに声をかけるのを見たあと、わたしはもうひとつの部屋に向かった。
鍵を開けると、ベッドに横たわっていた彼はがばっと起き上がった。
「……君は、たしか」
「エヴェリーンです。王太子殿下。助けに参りました」
「本当なのか!? ああ……助かった!」
王太子はベッドから降りて、こちらに歩み寄ってきた。
平民の服を身にまとっているから、いまいち王子らしくないけれど、たしかに彼の顔は王太子のものだった。
「わたしの騎士たちに、王都まで送らせます。ですが、今日は一旦わたしの城に」
「君の騎士? 城? 何を言ってるんだ?」
そこでわたしは、彼がわたしの肩書きを知らないのだと気づく。
「わたしは新しい辺境伯です」
「君が?」
「ええ。――詳しい話はあとで。早く、ここから出ましょう」
わたしが促すと、王太子は首をひねりながらも部屋を出ていった。
わたしたちは、王太子とヒルダを連れて城に戻った。
カタリナは騎士たちに連行され、ヴァイスヴァルト城の地下牢につながれた。
翌日、ユリアヌスが騎士たちを十人選抜した。彼らを護衛として従え、王太子は馬車に乗って王都に向かった。
王太子を見送ってホッとする間もなく、王都からクリストフが護送されてきた。
彼はカタリナの牢の隣につながれた。




