第三十二話 誘拐実行
宣言どおり、クラリスは王宮に使いをやって王太子――の偽者クリストフを呼び出してくれた。
彼は忙しいらしく、夕方の訪問になるという返事を、使いからクラリスと共に聞く。
夕食の時間になる前ぐらいに、国王の紋章が入った馬車が屋敷の前に停まった。
知らせを受けて、クラリスは玄関に走る。
「やあ、クラリス。話があるそうだね。なんだい?」
「ここではお話できませんわ。どうぞ、こちらに」
「ああ……。夕食には帰らないといけないから、長居できないよ」
「そんなことおっしゃらないで。ここで食べていけばいいじゃありませんか」
わたしたちは柱の陰に隠れて、ふたりの会話に聞き耳を立てていた。
どうも、クリストフはクラリスとあまり長く話したくないようだ。
それはそうか――。ぼろが出るものね。
わたしたちはふたりが東棟に行ったのを確認してから、足音を忍ばせて彼らを追った。
手はずどおり、クラリスはクリストフを東棟の小部屋にいざなっていた。
扉が閉まる前にコルネールが部屋のなかに入る。
扉の向こうから、くぐもった悲鳴が聞こえてきた。
わたしとジーグルトとユリアヌスは顔を見合わせ、ユリアヌスが扉を開けた。
床に、クリストフと思しき男が転がっている。彼は、コルネールの魔法による光の縄に縛られていた。
「貴様ら、どういうつもりだ!」
男が叫んだので、わたしはうっすらと微笑んだ。
「どうも、王太子殿下。いいえ、クリストフ」
その名前を口にすると、彼は一瞬黙り込んだが、すぐに平静さを取り戻した。
「エヴェリーン。こんなことをして、ただで済むと思っているのか? 僕は王太子だぞ」
「いいえ、違います。最近、わたしは侍女を雇いました。その子は、狐族の少女でして。彼女はあなたを見て、狐だと見抜きましたわ」
わたしが嘘を交えて説明すると、彼はじろりとにらんできた。
「話にならん。クラリス、助けろ。父上に申し上げて、こいつらに罰を与えるぞ。言うことを聞かないと、お前もだ」
彼の強い語調に、クラリスは気圧されていたが、すっと背筋を正して首を振った。
「やっぱり、あなたはわたくしの婚約者――ベアートゥス殿下ではないわ。殿下は、こんな状況でも気品を崩されないお方だもの。あなたは、誰?」
クラリスが反対に問い詰めると、彼は歯がみしていた。
「あとは、任せてもいい? ユリアヌス」
「はっ。では、やろうかクリストフ」
ユリアヌスは、うつぶせになったクリストフの後ろに回って、手をつかんだ。
「手っ取り早いのは、一本一本折っていく方法ですね。十本もあるから、十本折れるまでに吐くかな。まあ、それまでに吐かなければ、コルネールに治癒魔法で治してもらおう。そしたら、また十本――それまた十本と続けられる」
ユリアヌスは微笑んで、クリストフの指をあり得ない方向に曲げようとした。
既にかなり痛いらしく、叫び声が響く。
わたしは思わず目を背けたが、指が折れる前に縛られた男の姿が変化した。
「…………!」
驚いて、わたしは彼を見下ろす。
見たことのない男だった。王太子とは似ても似つかない顔。壮年と思しき年頃。ギーゼラによく似た、オレンジ色の髪。
今度は、クラリスが叫ぶ番だった。
わたしは彼女に「落ち着いて」と言い聞かせ、肩を抱く。
クラリスは怯えて、涙を流していた。
いざ、別人が成り代わっていたことを目の当たりにして、改めて怖くなったのだろう。
「クリストフ。この際、全部吐きなさい。さもないと、ユリアヌスは拷問を実行するわよ。彼は容赦のない男よ。主人であるわたしが言うのだから、間違いないわ」
「…………」
クリストフは黙って、わたしを見ていた。
「ヴァイスヴァルト辺境伯一家を殺したのは、あなたとあなたの妻カタリナね?」
確認すると、クリストフは黙秘したが、ユリアヌスがまた指に手をかけると「そうだ!」と叫んだ。
「結構。では、次よ。あなたたちが入れ替わった王太子殿下とヒルダは、生きてるの?」
「……生きている」
その情報に、クラリスが「よかった……」とつぶやいていた。
「場所は?」
「ヴァイスヴァルト辺境伯領の町中だ。狐族の子どもに、世話をさせている」
推理は正しかったらしい。
「場所を教えて。さあ、ユリアヌス。彼を立たせて。陛下や王子様がたに申し上げに行かないと。とんでもない大罪人だわ。ヴァイスヴァルト辺境伯領で裁くことになるとは思うけれど、一旦は王宮の獄につないでもらいましょう」
わたしが指示を出すと、ユリアヌスは無理矢理クリストフを立たせた。
王城にクリストフを連れていき、応対に出てきた第二王子に説明すると、城内は騒然となった。
国王陛下やオトフリート様も出てきて、わたしたちから事情を聞いて驚いていた。
だが、やはり王太子の振りには無理があったらしい。
「最近、どこかおかしかった」
と国王も王子たちも話していた。
わたしの希望どおり、クリストフは獄につながれた。
彼から聞き出した隠れ家の位置を白紙に書き留め、わたしは予定より早くヴァイスヴァルト辺境伯領に帰ることになった。




