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第三十一話 誘拐計画



 わたしの意見に、ユリアヌスが反対した。


「間違ったら、エヴェリーン様が捕らえられますよ。そんな危険を冒すべきではないでしょう」


「危険なのは承知の上よ。本当は、捜索の結果を待ちたい。でも、あまり悠長にしてもいられないでしょう。一度ヴァイスヴァルト辺境伯領に戻って、また王都に来るのも大変だわ。既に違和感を抱いているクラリスに協力してもらうのよ。王太子の違和感を突き止めてあげる、と。そのために魔法使いを紹介する」


「それって、僕のこと?」


 コルネールが、きょとんとして尋ねてくる。


「もちろんよ。コルネールを紹介し、簡単な魔法を見せる。そのあと、王太子を呼び出してもらうのよ。この屋敷には、使っていない客室がいくつかあるわ。そこを使いましょう。尋問役は……」


 わたしは、ジーグルトとユリアヌスを見比べた。


 わたしでは、どうしても舐められる。尋問役は、力のある男性のほうがいい。


 ふたりとも、武術に優れている。だから、どちらかに頼めばいい。でも……


「尋問役は、俺がやりますよ。ジーグルトは、甘いところがあるし」


 ユリアヌスが手を挙げて、ジーグルトが「しかし」とためらう。


 そう、尋問役は憎まれ役になってしまう。荒っぽい仕事だ。


 彼に頼んでいいか、迷った。


 ずっと、ユリアヌスを信用しないでいて、いざというときに彼に頼るなんて図々しくないかしら。


 それなら、ジーグルトに――。


「いいんですよ。ジーグルト、お前はエヴェリーン様におきれいな面だけ見せておけ。憎まれ役は、俺がやる」


 たとえ相手がわたしでなくても、尋問するときは嗜虐的(しぎゃくてき)な面をわざと見せなくてはならない。そのことを、ユリアヌスは重々承知しているのだろう。


「ユリアヌス、本当にいいの?」


「ええ。その代わり、エヴェリーン様。帰ったら、俺だけじゃなくて騎士団のことをもっと信頼してください。俺は主からの愛情は、いりません。ただ、忠義を捧げる相手が欲しい。だけど、主君からあまり信用されないと、忠義も揺らいでしまう。他の騎士も同じでしょう」


「……わかったわ」


 わたしはしっかりとうなずいて、ふたりに向き直る。


「では見張りは、ジーグルト。あなたに頼むわ。尋問役は、主にユリアヌス。でも、わたしとコルネールも手伝う。コルネール、魔法で脅すのを手伝って」


「わかった」


 コルネールが軽やかに返事をして、ジーグルトとユリアヌスもうなずく。


「実行は、なるべく急ぐわ。明日、クラリスのところを尋ねるわ。コルネールはもちろん、ジーグルトとユリアヌス、同行してちょうだい。ギーゼラは、念のためにここで留守番を」


 わたしが指示を出すと、みんな素直に首を縦に振っていた。


 


 翌日、わたしは昼前にクラリスの家を訪れた。


 突然の訪問だったが、幸いクラリスは家にいた。


 大きな夜会のあとなら、どこかに出かけないだろう、という推測は正しかったようだ。


「まあ、エヴェリーン。わたくしを訪ねてくださるなんて、どういう風の吹き回しかしら」


 クラリスは隙のない笑顔で、わたしたちを迎えてくれた。


「突然、ごめんなさい。昨日、あなたが言ってたことが気になって」


「……殿下のことね」


 クラリスは声をひそめて、わたしにささやいたあと、屋敷に入るように促してくれた。


 わたしたちは、豪奢な応接間に通される。


「殿下について、何かわかったの? あ、エヴェリーン。どうぞ敬語はなしでお願い。わたくしとあなたは、同い年ぐらいでしょう?」


「それでは失礼して、普段の口調で話すわ。――実はわたし、ヴァイスヴァルト辺境伯領で優秀な魔法使いと出逢ったの。コルネール、ご挨拶を」


 わたしが呼びかけると、後ろにいたコルネールが一歩進み出て一礼した。


「かわいらしい。でも、まだ子どもなのね。大丈夫なの?」


「ええ。コルネールは幼くても、とても優秀よ。何か魔法を見せてあげて」


 コルネールが呪文を唱えると、クラリスの手に突如、淡い光でできた青い花が現れた。


「なんて、きれい。優秀な魔法使いって、本当なのね。どうぞ、座って。ええと――後ろの殿方たちは? 護衛かしら」


「ヴァイスヴァルト辺境伯領の騎士団長と、騎士よ。――それで、クラリス。信じられない話かもしれないけれど、真剣に聞いてほしいの」


「え? ええ、わかったわ。人払いはしたほうがいい?」


「お願い」


「了解。みんな、一旦出ておいて。用ができたら、ベルで呼ぶわ」


 クラリスが促すと、控えていたメイドや下男が退室した。


 足音が遠ざかってから、わたしは口を開く。


「クラリス。殿下に違和感があるって、言っていたわよね」


「そうね」


「殿下に、誰かが化けていたとしたら、信じる?」


「化ける!? そんなことできるひと、いるの? あ、そうだわ。魔法使いなら、可能なのかしら?」


「あれほど見事な変化を長時間続けるのは、難しいわ。獣人って、知ってる?」


「ええ。少しは」


「狐の獣人は、見事に化けることができるのよ。実は、ヴァイスヴァルト辺境伯領には獣人の狐族がいる。そして、行方不明になった狐族の男がいるの」


 敢えて、ヴァイスヴァルト辺境伯の殺害事件の容疑者だとは、言わないことにした。


 クラリスをあまり怯えさせても、仕方ない。


「その獣人の男が、殿下に化けてるの?」


「ええ。昨日、狐族の女の子を夜会に連れていったの。狐の変化を見破れるのは狐だけだから。そして彼女は、王太子殿下こそ狐だと言っていたわ」


「信じられない! でも、でも……納得できるわ。最近の殿下は、少しおかしかったもの。思い出話をしても、反応が鈍くて。……エヴェリーン。殿下は、生きているの?」


 クラリスは目を潤ませていた。


 彼女は心から、王太子を愛しているのだろう。


 そして、わたしが思っていたより最近の彼を疑っていたようだ。


「正直、わからないわ。今、ヴァイスヴァルト辺境伯領で捜索はしてもらってる。でも、確実に彼の生死や居場所を知りたければ、王太子に化けた狐を問い詰めるしかないの」


 そこまで言ったところで、クラリスは自分の役割を理解したらしい。


「殿下を、呼び出すのね?」


「ええ。魔法使いのコルネールに、色々とやってもらうわ。人気のない部屋に呼び出して。あとは、わたしがうまくやるわ。この屋敷から連れ出して、わたしの屋敷に連れていく」


「それは危険よ、エヴェリーン。ここで押さえておいたほうがいいわ。今、この屋敷の東棟は改修工事が入る予定だから、ほとんど使われていないの。東棟を使って」


 ここまで協力してもらえると思っていなかったわたしは、驚いた。


 だが、たしかに移動を省けるとぐっと楽になる。


 それに、わたしの実家にはカーテがいるし、伯父もいる。


 彼らが邪魔をする可能性も、ありえないことではない。


「わかったわ。クラリス、面倒をかけるわね。殿下の呼び出しをお願い。そして、東棟を貸してちょうだい」


「よろこんで」


 わたしたちは、固い握手を交わした。



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