第四話 北に戻ってきた令嬢
馬車に揺られながら、わたしはうつらうつらしていた。
がたん、と馬車の車輪が何かに乗り上げる音がして、ハッと目を覚ます。
馬車の窓の向こうには、雪景色が広がっていた。
途中の道で宿に宿泊しながらも、馬車を急がせて五日かかった。
「もう、北方ね……」
馬車のなかも、いささか寒い。
わたしは椅子に置いていた荷物からマフラーを取り出し、首に巻いた。
イェーアル王国は縦に長い国で、南部にある王都では雪などほとんど降らない。
よく冷えた冬の二月に降るときもある、という程度だ。
ところが北方ともなると、十一月ぐらいから雪が降りっぱなしだ。
懐かしいような、懐かしくないような。
ヴァイスヴァルトにいるときのわたしは貧乏だった。
でも、温かい家族に囲まれていた。
寒くても、カーテと身を寄せ合って眠れば温かった。
母の料理は素朴でも、おいしかった。
父はいつも働いていて、それでも貧しくて。でも、笑顔を絶やすことはなかった。
「……涙なんて」
いつの間にか、ほおに涙が伝っていた。
スカートのポケットからハンカチを取り出して、涙を丁寧に拭いていく。
泣いている暇なんてないのよ、エヴェリーン。
わたしは女領主になって、幸せになるの。
そうしたら、カーテのことは、忘れてしまうわ。
王都に戻るものか、と拳を握ったとき、馬車が停止した。
「エヴェリーン様。着きましたよ」と同行していた騎士に窓を叩かれて、わたしはトランクを片手に馬車を降りた。
ここまで護衛してくれた三人の騎士が、馬から降りてわたしに一礼する。
「ここが、待ち合わせの場所です。すぐに、ヴァイスヴァルトの騎士団から迎えにくるでしょう。正午の約束でしたから」
騎士のひとりが、懐中時計を見せてくれた。正午まで、あと五分というところだった。
遠かったけど、時間通りに来られたみたい。
「我らは、ここで」
「……わかったわ。ありがとう」
迎えがくるまで一緒に待っててくれると思いきや、彼らはさっさと立ち去ってしまった。
残されたわたしは、ヴァイスヴァルトと隣の領地の境目に建てられた建物を見やった。
この詰め所に兵士がいるはずだから、安全だとは思うけど……。
領地の境を守る詰め所には、王都で集められた兵士が派遣される。
どちらかの領地の出身だと、いさかいが起こったときに、どちらかに肩入れする可能性があるからだ。
少なくとも複数人いるはずだが、わたしたちが着いても誰も出てこなかった。
王家の紋章が描かれた馬車だから窓から見るだけにしておいて、身分証明などは必要ないと思ったのだろう。
わたしがここを通ることは、手紙で通達済みのはずだ。
それにしても。
わたしをひとりで外で待たせておくなんて、と不満が湧いてくる。
ひとりぐらい、誰か出てきて護衛してくれたっていいのに。
……それとも。
わたしのうわさが、ここにまで届いているのだろうか。
第三王子を手玉に取って、妹をいびっていた悪役令嬢――なんてうわさが。
わたしは、ぼうっとして迎えを待っていた。
寒い。十一月のヴァイスヴァルトは、既に耐えがたい寒さだ。このまま待っていたら、凍えてしまう。
わたしは足踏みをして、少しでも暖を取ろうとした。
詰め所に入らせてもらおうかしら。ううん、でも……。
小一時間ぐらい待っただろうか。
蹄の音が響いて、首をめぐらせる。
二頭立ての馬車が走ってきて、わたしの前に停まった。
傍には、騎士らしき男が騎乗している。長いマントを羽織っているので、騎士の制服は見えなかった。
御者が、わたしに声をかける。
「エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラス様ですか? どうぞ、お乗りください」
「え、ええ。ヴァイスヴァルト辺境伯の馬車で、間違いないの? 馬車に、紋章がないわよ」
わたしは疑ったが、御者は肩をすくめた。
「ヴァイスヴァルト家がもう誰もいないので、紋章つきの馬車を出す許可を出すひとがいなかったんですよ。勝手に使うわけにもいかないし、と思って。騎士団長が、紋章なしの馬車を使うようにと」
「……なるほどね」
うなずいて、わたしは勝手に馬車の扉を開けて飛び乗った。
あ、騎士に挨拶をするのを忘れていたわ。迎えにきたのは騎士団長かしら?
扉を閉めたところで気づく。
窓からちらりと外を見たが、騎士の姿は目に入らなかった。
合図もなしに、馬車が走り始めたので、わたしは席に着いた。




