第三十話 狐を追いつめるには(1)
ぞわりと、鳥肌が立った。
「でも、どうやって王太子殿下に――」
そこで、わたしは思い出した。
王太子は、王の名代としてヴァイスヴァルト辺境伯領に赴いて、葬儀に出席したと言っていた。
そこで、入れ替わられたのだろう。
「とんでもないことだわ!」
このままでは、王太子に化けた狐族が王になってしまう。
「正体を暴かないと。どうしたらいいの?」
「狐族の変化は、本人が解かないと解けないの。証明するなら、王太子本人を連れてこないと無理だと思う」
ギーゼラの説明を聞いて、わたしはため息をつく。
「本人なんて、とっくに殺されてるわよ」
「待て、エヴェリーン。俺は、仲間にヒルダの行方を捜させていると言っただろう。王太子なら、人質としてもかなり有効だ。いざというときの切り札として、生かしている可能性が高いぞ」
ジーグルトの説明に、「それもそうかしら」と思い直す。
「でも、どうやって? 監禁するなら、世話役が必要よ。王太子に化けた狐はここにいるんだし、ヒルダに化けた狐はギーゼラを連れてくるまでは城にいたわ。どちらも、監視できない状況だったのよ」
「世話役を雇えば、不可能な話ではない。または……もうひとり、いるのかもしれない。ギーゼラ、狐の生き残りは他にいないのか?」
わたしがかみつくように説明を求めると、ジーグルトはギーゼラに視線をやった。
「わからない。死んだ、って聞いたけど……あたしと同じぐらいの年の子が、いたの」
ギーゼラの両親、クリストフ夫妻、そしてもうひと組夫妻がいると聞いていた。三組目の夫妻の、子ども。子どもなら、協力せざるを得ない状況になっていてもおかしくないかもしれない。
「逃げるときは混乱してて、必死だったから。もしかしたら、その子が生き残っているのかもしれない」
「……ありえない話じゃないわね。でも、人質を取ってる意味ってあるのかしら。第三者に看破されても、変身を外的に解除できない限り、王太子に化けた狐は無敵に近いわ。急所ともなるひとを、生かしておく?」
「たしかに、生かしておく理由が薄い」
わたしの意見に、ユリアヌスも深くうなずいていた。
「ヒルダは他の使用人との接触が少なく、一番よく知っていた奥方も死んでいた。だが、王太子は違う。化けた以上、どこかほころびがあるはずだ。正体を見破られたとき、本人を人質に取っていると言ったらどうなる? 王は財をなげうってでも、王太子を取り返そうとするだろう」
ジーグルトはあくまで、王太子やヒルダが生きている可能性に賭けているようだった。
「さっきも言ったように、切り札となりうる存在をそう簡単に殺すとは思えない。それに、ずっと化け続けられるはずもないだろう。国王になり、統治するのは不可能だ。そういう教育を受けていないのだから」
更なるジーグルトの意見に、ギーゼラが賛同していた。
「それは、そうだと思う。あのね、狐は誰かに化けられるけど化けた姿のままで年を取るのは無理なんだよ。王太子の姿で居続けたら、数年で周りがおかしいって気づく」
「なんですって? そしたら……そうね。数年で、行方をくらませるつもりなら、人質を取っている可能性が出てくるわ」
わたしがそうつぶやいたとき、ヒールの音が響いた。
やってきたのは、カーテだった。
「姿が見当たらないと思ったら、ここで何をしているの、お姉様?」
「少し、人酔いしたから出てきただけよ。みんな、戻りましょう」
あまり廊下で話し込んでいると、怪しまれるだろう。
わたしはカーテの横をすり抜けて、会場に戻った。
早速、王太子に、話しかけてみる。
「殿下」
「ああ、エヴェリーン。新しい暮らしは、どうだい?」
「順調ですわ。紹介していただいて、ありがとうございました」
「いやいや、僕は話を持っていっただけだからね」
王太子は、はにかんだように笑う。
わたしは、あまり王太子との接触がなかった。
だから、わからない。
彼が狐なのか、どうか。
「殿下」
と近づいてきたのは、ブルネットの髪の少女クラリスだった。
王太子の婚約者だ。
わたしはふと、王太子に変わったことがないか聞こうとしたが、すんでのところで口をつぐんだ。
わたしが探っていることが明らかになっては、まずい。
狐は、ギーゼラの存在には気づいていないはずだ。
「これは、エヴェリーン。ごきげんよう」
クラリスはわたしにも分け隔てなく、屈託のない挨拶をしてくれた。
さすが、次代の王妃になる公爵令嬢なだけはある。
「ごきげんよう」
「ヴァイスヴァルト辺境伯領は寒いと聞きますが、どうですか?」
「王都よりはずっと寒いですが、慣れればどうということもありません」
無難な会話を交わしているうちに、王太子が離れていく。
「そういえば、殿下が強くあなたを推したんですってね」
クラリスは、そっとわたしにささやく。
「推したって……ヴァイスヴァルト辺境伯に?」
「ええ。陛下が、仰っていましたわ。ヴァイアーシュトラス公爵と王太子が推したこともあって、エヴェリーン様をヴァイスヴァルト辺境伯にしたと」
どういうことだろう?
伯父様が、わたしを推すのはわかる。
でも、どうして化けた王太子が――。
そこで、わたしは気づいた。
そうだわ。狐はわたしのことを、よく知らない。
伯父様は良くも悪くも、わたしを評価してくれていた。領主が務まると。
だけど、よく知らない普通のひとなら温室育ちの令嬢を領主にすることをよしとしない。
王太子に化けた狐――クリストフは、わたしを無能だと見積もったのだ。無能といかなくとも、領主が務まる器ではないだろう、と。
狐が一番怖いのは、新しい領主が事件の真相を探って暴いてしまうことだ。
だから、領主にふさわしくないと思う者を推薦したのだろう。
「ねえ、エヴェリーン。最近、殿下は少し変です」
こちらから水を向けるまでもなく、クラリスが教えてくれた。
「ど、どう変なのですか?」
「うーん。物忘れがひどかったり、ですね。殿下らしくない言動をされたり」
「それは、いつ頃から?」
「ヴァイスヴァルト辺境伯領に行って、帰ってきてからですわね。ひどい事件だったらしいから、そのせいかしら。殿下はお優しいから、辺境伯一家に同情したのかもしれませんわね」
「……そう、ですか」
相づちを打ちながら、わたしは王太子の背中を見つめる。
狐が化けているのは、どうやら確定らしい。
殿下が生きていたらいいけど、死んでいたらどうすればいいのだろう。
ジーグルトの意見は、私にはあくまで希望の混じったものに思えていた。




