第二十八話 式典前夜
翌朝、朝食の席に姿を現すと、カーテが驚いていた。
「お姉様、顔が……」
「ああ、これ? そう。治ったのよ」
にっこり笑ってみせると、警戒するようにカーテはわたしをにらみつけてきた。
馬鹿な子。警戒しなくても、わたしはオトフリート様を奪い返したりしないわ。
思わず、そんなことを思ってしまった。
いちいち見せつけられる敵意に、わたしも疲弊していたのだろう。
椅子に座ると、すぐに朝食が運ばれてくる。
正直、食欲はなかったが、わたしは皿に載せられたパンを取り、千切って口に運ぶ。
おいしいに違いない。
でも、敵意を向けてくるカーテと、素知らぬ顔をした伯父のいる食卓では、どんなご馳走でも味気ないものに感じてしまうのだろう。
厨房で一生懸命作られたのであろうパンは、まるで味がしなかった。
丸二日ほど、ジーグルトたちは捜索に時間を費やしていた。
しかし、ついぞ狐は見つからなかったという。
ジーグルトは夕食後、わたしを庭に呼び出して報告してくれた。
「残念だ。三日かけて、ほとんどの区画を回ったはずなのだが」
「王都にいないとしたら、どこにいるのかしら」
「わからない。でも、ヒルダ……ヒルダだった狐がおそらく、知らせて隠れたのだろうな。ああ、そうだ。エヴェリーン。実は、王都を発つ前に仲間たちにヒルダを捜すように言ってある」
「ヒルダを? ヒルダだった狐じゃなくて、入れ替わられる前のヒルダを?」
「そうだ。生かしておいている可能性がないでもない、と思ってな」
「生かしておく理由がある?」
わたしは疑問に思い、腕を組んだ。
「人質というやつだ。捕らえておいて、金銭を要求するとか……」
「そんな危険なこと、するかしら」
殺しておいたほうが、いいに決まってる。
どこから情報が漏れるか、わからないのだから。
「俺も可能性は低いと思っているのだが――一応な。もしもの場合を考慮して、だ。ヒルダが生きていて捕らえられているなら、解放してあげないと」
「……そうね。あなたは立派ね」
少しの可能性にも賭けて、仲間を動かしたのだろう。
「立派? いや、そんなことはない。ところで、エヴェリーン。明日の夜会に、俺たちも出席させると言っていたな」
「ええ。最悪、狐が王宮にいる場合もあるから。その場合、ギーゼラの目が必要よ。ギーゼラの髪は目立つから、コルネールに頼んで、一旦、他の色に染めてもらうわ。あなたとユリアヌスは、ギーゼラの警護をお願い。狐が先にギーゼラに気づいたら、ギーゼラが危ないわ」
「わかった。だが、君は?」
「わたしは狙われる理由がないもの。安全よ」
「しかし……ひとりで、大丈夫か?」
「平気よ。みんな、入場はわたしと一緒にね。あとはわたしは離れておくわ。ヴァイスヴァルト辺境伯の隣にいると、狐であることがわかりやすくなってしまうわ。うまく群衆に紛れて」
わたしが笑顔を浮かべたのに、ジーグルトは浮かない顔だった。
「君をひとりにするのは、気が進まないな。友人がいるのか?」
「友人だった令嬢なら、何人か。もう、縁も切れてしまったけれど。――いい? ジーグルト。わたしは追放のように辺境伯に封じられた。そのことを、みんな知っている。貴族はそういう話が大好きなの。だから明日の夜会では、わたしは当然注目される。わたしの隣にいると、狐の捜索が難しいの。これは、わたしのためよ。離れていてちょうだい。針のむしろになるのは、慣れてるし」
「……承知した」
うなずいたジーグルトは、何かを聞いたらしく「足音が」と振り向いた。
ほどなくして、伯父が現れる。
「耳がいいな、君は」
伯父は片手に、手紙を持っていた。
「エヴェリーン。ヴァイスヴァルト辺境伯への招待状だ」
「招待状、来ていたの!?」
「なぜか知らんが、うちに届いていたらしい。それを、カーテが隠していた。お前が、招待状が来ていないと言っていただろう。おかしいと思って、あの子の部屋を探らせたんだ」
わたしは伯父の手から、手紙を受け取った。
王家の封蝋は、しっかりと割れている。一度、開けられた印だ。
わたしは中身をたしかめた。
たしかに、ヴァイスヴァルト辺境伯への誕生日式典の招待状だった。
「おかしいとは思ったのよ。領主は、よほどの理由がない限り招かれるはずだから」
わたしは招待状をしっかりと握って、伯父をにらんだ。
「伯父様は、関わっていませんよね?」
「関わっておらんよ。疑うのは、止めなさい」
姪に呪いをかけた人物だ。信じられるはずもなかった。
「カーテも、姑息なことをするものだ。わたしから、叱っておこう」
伯父はそう言い残して、立ち去ってしまった。
「そろそろ、私たちも行きましょうか。ジーグルト。明日に備えて、しっかり休んでおかないと」
「ああ、そうだな」
わたしたちは連れたって、中庭から出た。




