第二十七話 思惑
猫になったコルネールを抱えて、わたしは廊下を早足で歩いた。
伯父の部屋には、鍵がかかっていなかった。
わたしはきょろきょろとあたりの様子をうかがってから、なるべく音を立てないように扉の取っ手をつかんで、素早くなかに入った。
「朝から、屋敷中を回ってみたんだ。そしたら、ここから強い魔力を感じて。ちょうど、公爵が入ろうとしたんだ。それで、僕は一緒になかに入ったんだ。そしたら、公爵の机の上に呪具があったんだよ。僕はまた公爵が出ていったあと、ここから出てきた」
なるほど、それで鍵がかかっていなかったのね。
机の上には、仮面が置かれていた。
白い仮面は、目も口も三日月型にくりぬかれていて、不気味だった。
仮面の額あたりに、金髪が貼りつけられている。
これは、わたしの髪ね。
「でも、どうして伯父様が呪いを……!? 伯父には、動機がないわ」
わたしがつぶやいたとき、扉が開いてわたしは仮面をつかんだ。
入ってきたのは、当然――伯父のヴァイアーシュトラス公爵だった。
「なんだ、エヴェリーン。わたしの部屋で、何をしている」
「わたしの顔をこんなことにした、呪具を探しておりました。伯父様、これはどういうことですか!? 伯父様が、わたしを呪ったのですね?」
仮面を突きつけると、伯父は苦笑していた。
「やれやれ、バレたか」
「どうして、こんなことを」
「お前をヴァイスヴァルト辺境伯にするためだ。時機がよすぎるとは、思わなかったか? お前には、母親の血によってヴァイスヴァルト辺境伯を継ぐ資格がある。だが、第三王子の婚約者のままでは無理だった」
「なぜ、わざわざわたしを。カーテにも継承権が――」
「わたしはカーテを評価していない。あの子は、頭が悪い。領主は務まらない。だから、カーテをそそのかしてみた。表情を作れなくなったエヴェリーンには、以前のような魅力がない。お前なら、第三王子を奪えるだろうと。カーテは元々、お前に嫉妬し、恨んでいた。思ったとおりに動いてくれたよ。わたしは養女から、ヴァイスヴァルト辺境伯と王子妃を輩出できるという寸法だ」
目的のためには手段を選ばないひとだとは知っていたけれど――わたしは脱力し、座り込みそうになった。
「まさか、前辺境伯を殺したのも……伯父様?」
わたしが問い詰めると、彼は笑っていた。
「それは、ない。わたしは、この機会を利用しただけだ。ヴァイスヴァルト辺境伯の殺害に、わたしは関与していない」
ひとまずホッとしたところで、わたしは伯父をにらむ。
「どれだけ、わたしがこの顔のせいで悪く言われたと思いますか……? ご自分の目的のために、姪を絶望に追いやってもいいなんて、残酷すぎるわ! カーテのことも利用して……」
「落ち着け、エヴェリーン。もう少ししたら、こちらから呪いは解くつもりだった」
「そういう問題では、ありません!」
わたしは激昂したが、伯父は全く動じていなかった。
だめだ。どれだけ言いつのっても、彼がわたしの思いを理解することなんてない。
「……もういいです。失礼します。本日、昼食と夕食は欠席いたします。持ってくるよう、言いつけておいてください」
わたしは仮面を手にしたまま、早足で伯父の横を通りすぎ、部屋から出た。
自室に戻って、わたしは脱力して椅子に座った。
「コルネール。呪いを解くわ。破壊すればいいのよね?」
「そうだよ。僕が、やってあげる」
コルネールは少年の姿になり、わたしの手から仮面を受け取った。
彼は呪文を唱えて、仮面に手をかざした。
ばきっ、という音とともに仮面が割れて、粉々になる。
仮面だったかけらを浮かべて、コルネールは呪文を唱えて燃やした。
あとには、灰すら残らなかった。
「終わったよ。エヴェリーン。鏡を見てみて」
「ええ」
わたしは立ち上がり、鏡台の前に向かう。
なんとか笑ってみようとすると、ぎこちなく唇が弧を描いた。
「治った……のね」
「うん。おめでとう、と言っていいのかな。嫌な真相だったね」
「本当に、そうだわ。まさか、伯父様が――」
鏡のなかのわたしの顔が、悲しみに歪む。
せっかく表情を取り戻したというのに、うれしさより悔しさのほうが上回っていた。
宣言どおり、わたしは昼食にも夕食にも出なかった。
メイドが持ってきてくれた食事を取り、食べたあとは盆を廊下に出しておく。
今日ばかりは、伯父の顔もカーテの顔も見られないと思った。
明日には、立ち直らないといけない。
わたしは伯父が許せないが、さすがにいつまでもこんな態度を取り続けられない。
夕食後、わたしはベッドに横たわっていた。
眠いわけではなかったが、何かをする気にもなれなかった。
ぐるぐると、考えごとをしてしまう。
伯父がそそのかさなければ、カーテはオトフリート様を奪わなかったのだろうか。
いいえ、あの子は元々わたしに嫉妬していた。オトフリート様のことが好きだったらしいし。
伯父の言葉は、きっかけに過ぎないだろう。
「エヴェリーン」
ノックの音と共に、ジーグルトの声が響いた。
「ジーグルト?」
「具合が悪いので夕食を欠席した、と聞いた。大丈夫か?」
そういうことになっているのか、とわたしはため息をつく。
「ええ、平気よ。どうぞ、入ってちょうだい」
「もう夜だ。令嬢の部屋に俺ひとりが入るのは、いらぬうわさを呼ぶのでは?」
ジーグルトがそう言ってきたので、わたしはショールを羽織ってベッドから降り、靴をはいた。
「それもそうね。食堂で話しましょうか。お茶を淹れてもらいましょう」
扉を開けると、ジーグルトは驚いたように目を見開いた。
「エヴェリーン? 笑顔が!」
「ええ、呪いが解けたの。来て。そのことについて、話すわ」
わたしは扉からするりと廊下に出た。
当たり前だが、食堂には人気がなかった。
メイドが紅茶と軽い茶菓子を並べてくれる。
彼女が行ったあと、わたしは声をひそめて話し始めた。
「まず、呪具がどこにあったかを言うわ。……伯父様の部屋にあったの」
「公爵の? なぜ、彼が」
わたしはジーグルトに、簡単に事情を説明した。
ジーグルトは痛ましげに、顔を歪めていた。
「なんと言っていいか――。さぞ、辛いことだろう」
「ええ、本当に。まだ、心の整理がつかないわ」
わたしは片手で顔を覆った。
はらはらと、涙が落ちていた。
ジーグルトは身を乗り出して、ハンカチでわたしの頬を拭ってくれる。
「泣いていい。気にせず、泣くんだ。よかったら、それを使ってくれ」
「……っ。ありがとう」
わたしはハンカチを受け取り、それで涙を拭っていった。
「もう、わたしの話はいいわ。当分、落ち込むとは思うけど。それより、ジーグルト。収穫はあったの?」
「ああ――その報告をしようと思ってな。ユリアヌスとギーゼラと一緒に、馬で町中を巡った。だが、狐族は見つからなかった。やはり王都は広いな。今日だけでは、全ての区画を見て回ることはできなかった。なので、明日と明後日も捜索に赴こうと思う。君も、来るか?」
「……いえ。遠慮しておくわ」
わたしは赤くなっている目を隠したくて、片手で軽く目元を覆った。
「しかし――この屋敷には、敵がふたりもいるようなものだろう」
「そうね」
ジーグルトたちについていって、捜索に参加したほうが気も紛れるだろうと思う。
でも、わたしは足手まといだ。
ただでさえ非戦闘員のギーゼラがいるのに、わたしも連れていったら動きにくいだろう。
「大丈夫よ。伯父様は、わたしを利用することしか考えていない。前にも言ったけど、カーテにわたしをどうこうする勇気はないし。せいぜい、なじるだけ。気持ちはありがたいけど、捜索の邪魔になりたくないの。狐を探し出して、裁判にかける。そのために、わたしのことは気にしないで動いてちょうだい」
母の身内のため、そして狼族のため――。
わたしの感傷で、ジーグルトの動きを制限したくない。せっかく、ユリアヌスも協力的になっているのだし。
「君がそう言うなら――わかった」
ジーグルトはうなずき、紅茶のカップを口に運んでいた。




