第二十六話 呪具をさがして(1)
廊下を歩いていると、誰もいないことを確認して肩に乗っていたコルネールがささやいた。
「エヴェリーン様も、馬鹿みたい。もっと怒ったらいいのに」
「――そうね。でも、そうもいかないのよ。両親が早逝して、カーテとわたしはふたりだけの身内になった。ここの家に引き取られたあとは、わたしには熱心な教育がつけられたけど、カーテはほとんど放置状態だった。わたしが、あの子をしつけたようなものよ。そこで、あんなに恨まれているとは、思わなかったけれど……」
「自分のせいもあるってこと?」
「そういうことね。少なくとも、昔のカーテは優しい、いい子だった」
だが、わたしへの嫉妬とわたしの厳しいしつけで、いつしか歪んでしまったのだろう。
わたしのせいじゃない、なんて言えなかった。
「なんだか難しいな」
「あなたにも、お兄さんがいるでしょう? お兄さんとけんかしても、本気で嫌いになったりはしないでしょう?」
「兄さん? うん、まあ。ほとんどけんかなんてしないけど。それに、僕の兄さんはあんな嫌なこと言わないし」
ミヒャエルならそうだろう、とわたしは苦笑する。
「でも、あの子はエヴェリーン様の妹だもんね。なら、立場が逆か。兄さんは、僕をどう思ってるんだろう。わからないけど……僕、あんなひどいこと、兄さんに言ったことないよ。大嫌い、すらないよ」
「……そう」
たしかに、二回の「大嫌い」は心にずしりと響いた。
「それより、コルネール。呪具、見つけた?」
「あ、そうだ。大切なこと言い忘れてたね。それが、あの子の部屋にはなかったんだ」
「ない? じゃあ、カーテが犯人じゃない?」
「そうとも限らないよ。見つからないように、違うところに隠しているかも。でも――うーん。呪具の発する魔法が感じ取れない。この屋敷には、魔法結界が施されているみたいだ」
「魔法結界って?」
「侵入者防止のための、魔法のこと。そういうのがたくさんあると、魔法の気配が混じって感じにくいんだよ」
「それは困ったわね。何とかならないの?」
「一通り、歩き回ってみるよ。近づけば、さすがにわかるから。でも、先に休ませて。移動続きで僕も疲れたよ」
幸い、コルネールは猫だから屋敷中を歩いていても何も言われないだろう。
「そうね。王都には一週間ぐらい滞在するから、じっくり探して。わたしの部屋で休みましょうか」
話している内に、わたしの部屋に着いた。
なかに入ると、懐かしい気持ちがわいてくる。
調度品はそのままだし、きれいに掃除されていた。
籠がなかったので、わたしはベッドの隅にブランケットを重ねて即席の猫用ベッドを作った。
「どうぞ、ここで休んで」
「うん」
コルネールはそこで丸まり、あっという間に眠ってしまった。
さてと、わたしはどうしようかしら。
他のみんなも仮眠を取っているのだろうが、気が立っていて眠れる気がしなかった。
夕食までは、まだ時間がある。
こんこん、と扉をノックされてわたしは身構える。
また、カーテだったらどうしよう。
「エヴェリーン、起きてるか?」
ジーグルトの声にハッとして、わたしは扉に飛びつき、急いで開いた。
「ジーグルト。どうかした?」
「ああ、いや――。起きていたら、屋敷を案内してもらおうかと思って。さっき、公爵と軽く話をしたよ。大丈夫か? 顔色が悪いが。疲れているなら、もちろん休んでおいてくれ」
「――ううん、平気よ」
むしろ、誰かと話したい気分だったから、ジーグルトの来訪はうれしかった。
わたしはジーグルトと並んで歩き、簡単に屋敷を案内した。
「あそこは、厨房。そして……」
「ああ、中庭があるな。冬なのに、花が咲いているな。ヴァイスヴァルトにも冬に咲く花がないでもないが、あそこに咲く花とは違うな」
「ヴァイスヴァルトに比べて、王都は温かいから」
興味がありそうだったので、わたしはジーグルトを中庭に案内した。
赤い薔薇が咲いている。
昔から、薔薇は好きだった。
教育が辛いときは中庭に来ては薔薇に癒されたっけ。
「きれいな薔薇だな」
「そうでしょう。庭師が熱心に手入れしているのよ」
ジーグルトは微笑みかけたが、急に真顔になった。
「公爵は、俺のことを疑っていないだろうか?」
「疑う? 何を?」
「手はずどおり、俺はユリアヌスのもとで働く騎士だと名乗ったのだが――公爵は目が笑っていなかった」
「伯父様は、いつもそうよ。油断のないひとなだけ。でも、そうね……。観察眼の鋭いひとだから、あなたが騎士らしくないと思ったのかもしれないわ。それでも、本当に疑ったのならわたしを問い詰めるはず。だから、心配しなくていいわ」
わたしが言い切ると、ジーグルトは安心したようだった。
「そうだ、エヴェリーン。呪具は見つかったのか?」
「まだよ。カーテの部屋にコルネールも連れていったんだけど、呪具は彼女の部屋にはなかったの。この屋敷のどこかに隠しているのよ、きっと。コルネールは、屋敷を回って呪具を探してくれると言っていたわ」
「そうか。君は、焦っていないんだな」
「最近は、この無表情にも慣れてきてしまったの」
わたしが腰に手を当てて大仰にため息をつくと、ジーグルトは苦笑していた。
「俺は、君の笑顔が見てみたいな」
「……期待しているほど、美しい笑顔ではないわ」
「美しいさ、きっと。君なら。たとえ怒っている顔でも」
薔薇の咲き乱れる庭でそんなことを言われて、わたしの顔は否応なく熱くなる。
「気をつけて、ジーグルト。そんな風に言われたら女性は、勘違いするわ」
「勘違いしてもらっても、構わないが?」
「え?」
わたしが間抜けに口を開けたとき、草を踏む音がして誰かがやってきた。
カーテだった。
「まあ、こんなところで逢い引き? オトフリート様と別れて少ししか経っていないのに、新しい男を作ったのね。尊敬するわ」
彼女はにこにこ笑って、優雅に一礼した。
わたしは戸惑い、カーテとジーグルトの間に立つ。
「逢い引きなんかじゃないわよ。案内してただけ」
「それにしては、口説き文句を言われてたじゃない?」
指摘されて、わたしは口ごもる。
いつから、聞かれていたのだろう。
今度は羞恥ではなく、怒りで顔に熱を感じる。
それでもわたしの表情は、変わっていないだろう。
「いい加減にして、カーテ。お客人の前なのよ」
「客人? そもそも、誰なのかしら。そのひと」
「ジーグルト。旅に同行してくれた、騎士よ」
「騎士? ふうん」
カーテはジーグルトを見て、悔しそうな顔をした。
「お姉様って本当に、男好きよね。一緒に連れてきた騎士団長も、色男だったわ。顔で騎士を選んでいるの?」
「……なっ。違うわ。もう一度言うわ。いい加減にしなさい、カーテ。他人の前で、姉妹げんかなんてしたくないのよ、こっちは」
「お姉様の本性がバレるから?」
思わず、手があがっていたが――その手首はジーグルトにつかまれた。
「そこまで、エヴェリーン。叩いたら、相手の思うつぼだぞ」
ジーグルトは後半部分を素早く、わたしの耳にささやいた。
彼の言うとおりだ。わたしは手を下ろし、ジーグルトに「行きましょう」と声をかけて中庭を出た。
背中に、カーテの視線が突き刺さるのを感じながら。




