第二十五話 カーテとの対話
「……ただいま、カーテ。元気だった?」
「ええ。お姉様も、元気そうね。来て、お姉様。お話したいの」
カーテに手を引かれて、わたしは同行者たちを振り向く。
「彼らは客人よ。部屋に案内して」
通りがかったメイドに言いつけると、彼女は「かしこまりました」とうなずいた。
ジーグルトが心配そうにこちらを見ていたが、その視線を振り払うようにわたしはカーテに向き直る。
「カーテ……」
「さあ、わたくしの部屋に」
カーテに先導されるがままに、わたしは彼女の部屋に行くことになった。
カーテは途中でメイドにお茶の用意を言いつけていたので、わたしがカーテの部屋の椅子に座ったときには、お茶のセットを持ってメイドが入ってきた。
紅茶をすすり、わたしは一息つく。
「長旅ご苦労様、お姉様」
カーテはお茶菓子を、上品に口に運んでいた。
「ありがとう。――どういう風の吹き回し?」
わたしの問いに、カーテは目を丸くした。
「どういう意味ですの?」
「わたしは、あなたにひどい折檻をした悪い姉なのでしょう? それが事実でないことは、あなたが一番わかっているでしょうけど。ともかく、あなたがわたしを歓迎するはずがない」
「まあ……。いいえ、わたくしにとってお姉様は大事なお姉様ですよ。たとえ、わたくしに折檻したことがあっても。それは、わたくしのためだったのでしょう? そうして、オトフリート様をなだめました。そうしないと、お姉様に新たな罰を与えかねなかったので」
カーテは、あくまで白を切るつもりのようだった。
あまりうれしくない対面だが、カーテの部屋に入れたのはよかった。
わたしは、膝の上に丸まったコルネールを意識する。
ここに、呪具があるのだろうか。
わたしは、コルネールの背中を撫でた。
コルネールは起きて大きくのびをして、わたしの膝から床に降りたった。
「まあ、かわいい猫。お姉様、向こうでペットを飼ったんですの?」
「ええ、そうよ。庭に迷い込んできた野良猫だったの。かわいかったし、人なつっこい子だったから、飼うことにしたわ」
コルネールが探っている間、わたしがカーテの注意を惹きつけておかないといけない。
コルネール、頼んだわよ。
「向こうの暮らしは、ペットが欲しくなるほど寂しかったのですか?」
「そうね……。寂しいといえば、寂しかったわね。王都みたいに、ひとがたくさんいないし」
「かわいそうな、お姉様。よりにもよって、ヴァイスヴァルト辺境伯領なんて。わたくしだったら、絶対に帰りたくありませんわ。あんなところ」
「何を言うの、カーテ。あそこは、わたしたちの故郷よ。お父さんとお母さんも――」
「わたくしに過去なんて、ありませんわ。わたくしは、カーテ・フォン・ヴァイアーシュトラス。第三王子の妃になる女。それ以外の肩書きも過去も、いりませんわ」
カーテの挑発的な発言にも、わたしは怒らなかった。
いや、怒れなかったというほうが正しいのだろうか。
「あなたが、どうして毛を逆立てた猫みたいな態度をわたしに取るのか、わからないわ。カーテ。あなたは、わたしに勝ったのよ。わたしの嘘の悪評を流し、婚約者を奪った時点で。それとも、何? わたしが、怖いの?」
仕返しのように挑発してみせると、カーテの顔が赤みを帯びた。
「怖くありませんわ! 今や、わたくしのほうがお姉様より上の立場なんですから! 女領主になれたから自信でも、つけたのかしら? でも、あなたはずっと『婚約破棄された悪女』であり続けるのですよ」
「悪評なんて、いつかは薄れるわ。それより、あなたがわたしにこだわり続ける理由を知りたいわ。今日だって、こうやってふたりきりで話さなくてもよかったでしょう。あなた、わたしのこと嫌いだったんでしょう?」
「ええ、ええ、お姉様なんて大っ嫌い! お姉様は、気づいていなかったでしょう。伯父様が、いかにお姉様を高く買っていたか。厳しい教育も、期待あってのもの。わたくしは、はなから期待されていなかった。それが、悔しかった! お姉様がわたくしよりずっと美人であることも、腹立たしい理由のひとつです。それに、あなたはわたしが密かに恋をしていたオトフリート様を奪った。あなたに愛情なんてないこと、わたくしが誰より知っていましたのよ!」
カーテは興奮のあまり立ち上がり、わたしを見下ろした。
「あなたは打算で、第三王子を選んだにすぎない」
言い返せなかった。そのとおりだったからだ。
それにしても、カーテがオトフリート様のことが好きだったなんて。知らなかった。
言ってくれればよかったのに。それなら、わたしも彼を狙わなかった。
「それで、何なの? カーテ」
わたしは静かに紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「何って……」
「あなたは、わたしに勝ったわ。オトフリート様を奪って。わたしの悪評を広めて。それで、満足しているんじゃないの? それとも、何? わたしに、這いつくばって許しを請えとでも言うつもり?」
「…………」
カーテの顔が、また赤くなる。
怒りがすぐに顔に出るところは、小さいころから変わらない。
「お姉ちゃんって、いっつもそうよね。あたしが必死でも、涼しい顔をして」
カーテは昔のような言葉遣いでつぶやき、わたしをねめつけた。
「怒った表情を浮かべたくても、できないのよ。知っているでしょう、カーテ」
「ふんっ。面白くないわ。もう、出てって。あたしは――わたくしは、もうあなたとは他人になるんだから」
「言われなくとも、そのつもりよ。わたしは、わたしのなかのカーテがかわいいままでいてほしい。今のあなたを、これ以上見ていたくないもの」
精一杯の嫌みをぶつけると、カーテはカップを投げつけようとして――思いとどまった。
「悪役にはなりたくないものね、カーテ。わたしの顔が、あなたのせいでやけどでも負ったら、オトフリート様もがっかりなさるわ」
「早く、出てって! お姉ちゃんなんて、大嫌い!」
「わかってるわよ」
わたしはコルネールに視線をやる。コルネールは、慌ててわたしの足下にまとわりついてきた。
コルネールを抱き上げ、わたしはカーテの部屋をあとにした。




