第二十三話 ヴァイアーシュトラス公爵の訪問(2)
「待ってください、伯父様。ひとつ、聞きたいことが」
「何だ?」
「辺境伯の令嬢と公爵令息なら、政略結婚としても歓迎されそうです。でも、どうしてわざわざわたしの両輪は駆け落ちしたのですか?」
「簡単なことだ。ふたりには、幼い頃から許嫁がいた。どちらも、身分が上の相手だ」
「まさか――父は」
「その、まさかだ。あいつは王女の許嫁だった」
くらりと、立ちくらみがした。
「ヴァイスヴァルト辺境伯令嬢の許嫁は、侯爵だったかな。断れない相手だ。駆け落ちされたというのは、許嫁だったひとたちにとっても不名誉になる。だから、話が広まっていなかったのだ。お前も、誰かに言うなよ。話の発生源は、彼らならすぐに突き止められる。どんな報復が来るか、わからないぞ」
恐ろしい話に、わたしは身震いした。
「その話、カーテには?」
「もちろん、していない。あいつはヴァイスヴァルト辺境伯になるわけでもないし、口が軽い。お前も、あいつには言うな」
「……はい」
両親の話を共有したい気持ちはあったが、たしかにカーテはおしゃべりだ。オトフリート様に、すぐに言いそう。
「しかし、エヴェリーン。もっと落ち込んでいるかと思ったら、意外と元気そうじゃないか。やはり、故郷のほうが居心地がいいのか?」
「どうでしょう。でも、王都みたいに腹の探り合いをしなくていい分、楽かもしれませんね」
わたしの冗談に、伯父は笑っていた。
「エヴェリーン。わたしは、お前を評価していたのだよ。頭がよく回り、学習能力も高い。だからこそ、厳しくしつけた。恨んでいるか?」
「いいえ。では、カーテは?」
「カーテは、甘えたところがあって、愛嬌を伸ばしたほうがいい縁談が来るだろうと思って、ある程度自由にさせた。お前が、代わりに厳しくしたのは誤算だが、まあいいと思っていた。お前はわたしを恨んでいないらしいが、カーテはお前を恨んでいるのだろうな、罪をでっち上げ、婚約者を奪うことからも、明らかだ」
「悲しいことです。でも、姉としては喜んでやらなければならないのでしょうね。妹がたくましく育ったことを」
「そういうところが甘いというんだ、エヴェリーン。そこに、つけこまれたんだ」
「……そうでしょうね」
伯父は正しいのだろうが、今になってもカーテへの気持ちは複雑なままだった。
ゆっくりしていくつもりはなかったらしく、伯父は馬車に乗って城から遠ざかっていった。
わたしはすぐに執務室に行く気にはなれず、自室に戻った。
部屋では、小さな机に向かって字を書く練習をしているギーゼラがいた。
ギーゼラは、文字の読み書きができなかったので、まず文字の表を渡して書き写させている。
何をするにも、文字の読み書きはできなければならない。
わたしは貧しかったけれど、両親から文字を習った。
父は元貴族だと知っていたから特に疑問に思わなかったけれど、そういえば母も字が書けたのだ。
彼女がヴァイスヴァルト辺境伯の令嬢だったなんて、思いもしなかったけれど。
わたしがため息をつくと、ギーゼラは顔を上げて驚いていた。
「びっくりした。エヴェリーン様、いつ帰ってたの」
「今よ。集中していたのね。……どれどれ」
手元をのぞきこむと、ギーゼラは慌てて隠してしまった。
「だめだよ。下手だもの」
「最初は誰だって、下手よ。見せてみなさいよ」
「だめー!」
ギーゼラは頑固だった。
「それより、エヴェリーン様。お父さんが来たんだってね。今日、泊まるの?」
「話が終わったら、もう帰ってしまったわ」
「えー。それは、寂しいね」
「別に。父といっても、義理の父だし」
「義理? エヴェリーン様って、養子なの?」
「ええ。両親は、ヴァイスヴァルト辺境伯に住んでいたのよ。父が公爵家の次男で、今の父はその兄。両親が死んだあと、わたしとカーテ……妹を引き取ってくれたの」
「へえー。エヴェリーン様も、両親を亡くしているんだ」
ギーゼラは、悲しそうに目を伏せた。
「そうよ」
「そのとき、悲しかった?」
「もちろん。妹と抱き合って、大泣きしたわ」
「あたしも泣いたよ。兎族のひとたちが、慰めてくれたけどね――。落ち着くにつれて、狐族ってだけで信用できないって言われて閉じ込められちゃった」
ギーゼラは涙をこらえるかのように、目をこすっていた。
「辛い目に遭ったわね」
「うん。でも、しょうがないとも思う。兎族を裏切って、襲ったのは狐族だから。兎族のひとたちのことは、なんとも思ってないの。あたしが憎いのは、カタリナとクリストフ。あいつらに、あたしの両親も殺されたんだもの」
「ギーゼラはもちろん、カタリナとクリストフと面識があったのよね。家族で親しくしていたの?」
「うーん……。実は、あんまり。狐族って、三家族ぐらいしか生き残っていなかったの。カタリナとクリストフのところは子供を失ったからか、残りの二家族と距離を取っていた。お父さんは、子供や家族を見ると思い出してしまうんだろう、って言ってたけど」
「それは、そうよね」
人間に子供を殺され、絶望したことは想像にかたくない。
「でも、やったことは許せないわ。ヴァイスヴァルト辺境伯の家族も、殺されたのよ。あまりいい領主ではなかったみたいだけれども、だからといって殺される理由にはならないわ。あのふたりには、わたしが責任を持って刑を言い渡す」
「……どうしたの、エヴェリーン様」
ギーゼラはびっくりしたような顔で、わたしを見上げた。
「ずいぶん、勇ましいね。エヴェリーン様って、遠縁でしょ? ヴァイスヴァルト辺境伯と面識もなかった、って言ってたじゃん」
「え、ええ、そうね。でも、殺人は殺人だし。今、罪を着せられている狼族のためにも、犯人を捕まえたいだけよ」
わたしは咳払いをして、ギーゼラから離れた。
そんなに、態度が変わっていたのだろうか。
でも、仕方ないわよね。
ただの遠縁というよりも、お母さんの兄家族が殺された――と聞いたほうが、ずっと衝撃は大きい。
「わたし、もう行くわね。ちゃんと、文字の練習を続けるのよ」
「はあい。でも、エヴェリーン様はどこに行くの?」
「執務室よ。午前の仕事が溜まっているはず。ここへは、休憩に寄ったの。あと、あなたの様子を見に来たかったという理由もあるわ」
「ふーん。別に、そんなに心配しなくてもいいのに。ちゃんと勉強してるよ」
「なら、よろしい。がんばってね」
ギーゼラを励まして、わたしは部屋から出た。
執務室では、マクシミリアンが大量の書類を用意して待っていることだろう。




