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第二十三話 ヴァイアーシュトラス公爵の訪問(1)



 ヒルダがいなくなって数日後。


 わたしは、突然の訪問者に驚いた。


「伯父様!? どうして、ここに」


 応接間で紅茶を飲んでいるのは、間違いなくわたしの伯父であり養父であるヴァイアーシュトラス公爵だった。


「お前の様子を見に来たのだ。王都では、お前の悪評が飛び交っているが、ここからのうわさは届かない。ちゃんと、領地を治めているのだろうな?」


「……わたしなりに、必死にやっておりますわ」


 わたしは、伯父の正面の席に座った。


 既に、わたしの分の紅茶も用意されている。


 カップを取り、わたしは伯父の様子をうかがった。


「本当に、様子を見に来ただけですか?」


 ヴァイアーシュトラス公爵は、計算高い人物だ。


 姪が心配で、わざわざ遠方に足を伸ばすほど情の厚いひとではない。


「まあ、実は伝えそこねていたことがあってな。――人払いを」


「はい。みんな、下がって」


 わたしは傍に控えていたメイドたちに指示を出し、退出させた。


「これで大丈夫かと。それで、秘密のお話ですか?」


「ああ。お前の母親について、だ。お前の母親は、庶民だと聞いていただろう」


「え? ええ、そうです。それが?」


「実は、前ヴァイスヴァルト辺境伯の年の離れた妹が、行方不明になっていた。それが、お前の母親だ」


 それを聞いて、わたしは愕然とした。


「どうして、そのことをすぐ言ってくれなかったのですか!?」


「言うつもりだったが、事件から日にちが経っていなかったからな――。衝撃を受けると思い、いったんは隠していた」


「そんな……」


 それでは、お父さんは遠縁を頼ってここに来たというわけではなかったのね。


 でも、考えてみれば辻褄が合う。


 母親が庶民だと、貴族の爵位を継げないのが通例だ。


 今回、跡継ぎがいないから特例措置だと思ったのだけれども――。


 前のヴァイスヴァルト辺境伯の妹の娘なら、充分に資格がある。


 そして、わたしが亡くしたのは遠縁の親戚ではなかった。


 母親の兄と、その家族。


 手が、震えた。


 たしかに、行く前にこの事実を知っていたら、冷静に対処できていたか、わからない。


 わたしは動揺しないように気をつけて、カップをソーサーの上に慎重に置いた。


「それにしても、伯父様。わたしは、もうすぐ王都に行くのですし、わざわざ来られることもなかったのでは――」


 先日、わたしは伯父宛に手紙を出していた。


 国王陛下の誕生日式典に出席するために、王都に帰るという知らせだ。


「そのことについても、話したかったんだ。エヴェリーン、王都には戻るな」


「なぜ?」


「お前のうわさは、尾ひれがついて今もなお流布され続けている。王都では、お前を悪役に仕立てた劇が人気を博している」


「……それはもう、覚悟していますわ。ヴァイスヴァルト辺境伯領でも、わたしを悪役にした芝居をやっていましたから。王都では、もっとひどいとわかっています」


「それでは、なぜ帰る?」


 わたしは答えあぐねたが、ふと後ろに控えるギーゼラに目をやった。


「ギーゼラ」


 彼女を呼んで、確認する。


「ないとは思うけど、伯父様は狐じゃないわよね?」


「……違います。そうなら、すぐに言ってますよ」


「わかってるわ。一応の確認よ」


 ギーゼラとひそひそ話をしたあと、わたしは伯父に向き直る。


 伯父には、正直に言っておいたほうがいいだろう。


「わたしはヴァイスヴァルト辺境伯として、辺境伯一家を殺害した犯人を捜しております。犯人は王都に行った可能性が高いので、調査のために帰りたい――という理由がひとつ。あと、もうひとつ理由がございます。わたしは、呪いを受けているそうです」


「呪い? その顔のことか? ちゃんとした魔法使いに診てもらったじゃないか」


「ええ。それで、わたしは呪いではないと思っておりました。でも、ヴァイスヴァルト辺境伯領にも優れた魔法使いがおりまして――彼はすぐに、わたしのこの凍りついた表情は呪いだと見抜きました」


 猫族だということは、伏せておいた。


 伯父も、都人だ。獣人への偏見は、それなりに持っているだろう。


「呪具を壊さないと、この呪いは解けないそうです。わたしが王都にいたときから、この呪いは発症していたのですから、呪具は王都にあるはずでしょう? それを探して、壊したいんです」


「……理由はわかった。でも、本当にいいんだな。お前は会場に入るなり、嘲笑されるだろう。お前のところに、招待状は来たのか?」


「いいえ」


「なら、最悪、呼んでないという理由で追い出されるぞ。そこまで恥をかいてもいいのか」


「さっきも言ったように、覚悟はしております。それより、王都に帰る口実のほうが大事なので」


 わたしの返答に、伯父は呆れたようだった。


「お前がそこまで言うなら、わたしは止めないが。殺人事件にも、むやみに関わるのも考えものだぞ。領主の役目は裁くことであって、探ることではない」


「でも、このままでは無実の者が冤罪で有罪になりかねませんので。そのためにも、犯人を捜したいんです」


「冤罪になりそうな者とは、獣人のことか? たしか、狼族だったな」


「ええ」


「どうして、狼族に入れ込む?」


「入れ込んではおりません。わたしは話を聞き、狼族が犯人の可能性が低いと思ったので、より怪しい者を捜しているだけです」


「――やれやれ。頑固だな」


 伯父は苦笑し、紅茶を一気にあおって飲み干していた。


「ところで、伯父様。わたしの母親の出自について知っているのは、他に誰がいますか?」


「わたしと国王陛下と王子たちぐらいだ。わたしはこれでも、お前の将来を憂えたんだ。そこで、お前の母親のことを思い出した。ちょうどヴァイスヴァルト辺境伯が殺されたばかりだったので、渡りに船というか運命を感じたほどだ。そこで、国王と王子たちに話を持ち込んだ」


「それで、わたしがヴァイスヴァルト辺境伯に跡継ぎに選ばれた、と」


「そうだ。お前はもう、社交界ではまともに扱われないからな。女領主としてやっていくのが、最善だろうと思った。ここの居心地はどうだ?」


「悪くありません。大変は、大変ですけど――。あ、あの、カーテは? カーテは、どうしています?」


 わたしの質問に、伯父は眉をひそめた。


「本気で心配しているのか?」


「もちろん。こちらから手紙を送っても、返事がありませんでしたし。元気ですか?」


「元気だ。浮かれて、王宮によく顔を出している。わたしの家から王子妃を輩出するのはいいが、どうもカーテはな――。実の姉を蹴落とすほどしたたかな性格だとは、知らなかった」


 伯父はカーテに失望しているようだった。


「仕方ありませんわ。出し抜かれるぐらいなら出し抜けと教えたのは、わたしですもの。オトフリート様の妻という地位が、カーテはどうしても欲しくなったのでしょう」


「ふん。エヴェリーン、カーテにお前の甘い性格を見抜かれていたのだろうな。実際、お前はカーテを恨むどころか、心配している。わたしから見れば、お前は愚かだ」


 愚かと言われて、わたしはうつむいた。


「カーテに、もう手紙は出すな。読まれてもいないと思うぞ」


「……わかりました」


 わたしはぎゅっと拳を握りしめる。


 隙間風が吹いて寒い家のなかで、身を寄せ合って体を温めた日を思い出す。


 カーテはわたしにべったり引っついていて、いつも甘えてきた。


 わたしのなかで、カーテはいつまでもあの日のまま。


『お姉ちゃん』


 何があっても守ると誓った妹は、思い出のなかで明るく笑っていた。


「話はわかった。お前の王都行きの意志、変わらないようだな。迎え入れる準備はしておこう」


 伯父が立ち上がったので、わたしも慌てて席を立った。

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