第二十一話 兎の言い分(2)
沈黙を破ったのは、ジーグルトだった。
「狐族の少女を、こちらで引き取ろう。監禁するぐらいだ。そちらでは、持て余しているのだろう?」
「いいですけど……。彼女は幼いので復讐派には加担していなかったと言っていますが、事実かどうかわかりませんよ」
ヘンゼルは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
狐族に騙された傷は、深いようだ。
「こちらには猫族もいるし、狼族もいる。そう簡単に、おくれは取らないさ。直接、話を聞きたい。連れてきてくれないか」
「……わかりました」
ジーグルトの提案にうなずき、ヘンゼルは立って奥に向かっていった。
この建物のなかに、狐族の少女もいるみたいだ。
しばらくして、ヘンゼルは少女の手を引いて戻ってきた。
オレンジ色の髪と、灰色の目。まだ、十歳ぐらいだろうか
彼女は戸惑った様子で、先に座ったヘンゼルにうながされて、彼の隣に座った。
「彼女は、ギーゼラです」
ヘンゼルに紹介されると、ギーゼラはわたしたちを見渡した。
「ギーゼラ。知っていたら、教えてほしい。復讐派は、どうして反対派を殺したのだ?」
ジーグルトの直球の質問に、ギーゼラはうつむいた。
「化けた狐を見破れるのは、狐だけだから。兎族も殺して、自分たちがいたという証拠をなくしたかったみたい。これは、あたしが大人たちの話を盗み聞きして、知った情報」
何度か尋問されているのか、ギーゼラの回答はなめらかだった。
「あなたの知ってる復讐派は、何人?」
わたしは手を挙げて、できる限り優しい声で問いかけた。
「ふたりだよ」
「たった、ふたり?」
「うん。ふたりの名前は、カタリナとクリストフ。ふたりは、夫婦。狐族が滅びたときに、子供を殺されたことをずっと恨んでいたの」
「まあ……」
わたしは思わず、眉をひそめた。それは、恨みたくもなるだろう。
といっても、彼らの復讐を肯定できるはずもないが。仲間を殺し、助けてくれた兎族も襲ったなんて――。
「ギーゼラは、そのふたりの仲間ではないわよね?」
わたしが確認すると、彼女は力強くうなずいた。
「あたしのお父さんとお母さんは、あのふたりに殺されたもん。あたしが仲間なはずないでしょ」
「……そうね。ギーゼラ。あなたは、ヴァイスヴァルト辺境伯の名において、わたしが城で保護するわ。その代わり、カタリナとクリストフを捜すのに協力してちょうだい。異論はない?」
「うん。ここにいても、閉じ込められて疑われるだけだし」
ギーゼラはヘンゼルを横目で見つつ、答えた。
「決まりね。ヘンゼル、彼女はうちで保護するから連れていくわ」
「僕は結構ですが――本当に、大丈夫ですか? ギーゼラが嘘をついていないという証拠はないのですよ」
「このぐらいの年齢の子が親を殺された相手に協力するなんて、無理よ。ましてや、ギーゼラは……十歳ぐらい?」
わたしが問うと、ギーゼラは「九歳」と答えた。
「九歳なら、狐族の襲撃も知らない年よ。この子には人間を恨む理由が薄いし、兎族の村で生まれ育ったなら愛着があったでしょう。それに、カタリナとクリフトフ側も、子供を仲間に引き入れる理由がないと思うわ」
わたしがギーゼラを信頼する理由を説明すると、ヘンゼルは渋々といった様子でうなずいた。
「あなたが納得しているのなら、ギーゼラを引き渡します。ですが、責任は取れませんよ」
「わかっているわ」
こうして、わたしたちはギーゼラを連れて山を下りることにした。
今は不自由していないが、いずれ猫族を訪れることもあるだろうとヘンゼルは言っていた。
しばらくは用心して、集落を分散させておくらしい。
わたしは行きと同じようにジーグルトの上に乗って、下山した。
降りてきたわたしたちを見て、待機していた騎士たちが安堵の表情を見せる。
「お待たせ。さあ、帰りましょう。ユリアヌス、ギーゼラはあなたの馬に乗せてちょうだい」
「……わかりました」
ユリアヌスは一瞬の間を開けてから、答えた。
何か思うところがあったのかもしれないが、顔には出さずにギーゼラを先に馬に乗せ、彼女の後ろに飛び乗っていた。
わたしも馬に乗り、騎乗したジーグルトと並んで馬を走らせた。
猫族の村でミヒャエルと別れ、城へと向かう道中で、狼族の大半と別れた。
ジーグルトとディートリヒは城まで送っていくと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
城の前で、出てきた馬丁に馬を託してから、馬を降りたジーグルトに、スカートをつまんで一礼する。
「ジーグルト、今日はありがとう。大きな収穫だったわね。狐族を見つけられたし、兎族も被害があったとはいえ、大部分は避難できて無事だったようだし」
「君の言うとおりだ。獣人のことを気にかけてくれてありがとう、エヴェリーン。次に会うのは、王都行きのときになるだろうが……もし何かあれば、いつでも呼んでほしい」
「ええ。ありがとう」
わたしが手を差し出すと、ジーグルトはしっかりと手を握ってくれた。
その手の温かみを愛しく思う。
「それでは、俺たちはこれで。騎士団長も、今日は協力してくれてありがとう」
ジーグルトが馬のあぶみに足をかけながら礼を述べると、ユリアヌスはぎこちなく「いいえ」と言っていた。
ジーグルトとディートリヒが去ったあと、わたしは城に入ろうとしたが――
マクシミリアンが走って出てきた。
「エヴェリーン様、大変です!」
「どうかしたの?」
「ヒルダが、いなくなりました!」




