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第二十一話 兎の言い分(1)



 ジーグルトは、峻厳(しゅんげん)な山道を登っていった。


 わたしに配慮してか、それほど速度を出さずに確実に走る。


 ふとわたしは下を見てしまい、後悔した。


 わたしが高所恐怖症だったら、卒倒していただろう。


「王よ」


 先行していた狼――狼族のひとりが、戻ってきた。


「蝶がたどり着いた先に、集落らしきものがあった。兎族の隠れ里だ」


「よかった。もうすぐか?」


「そうだ。早く。我らは姿を見せていないが、兎族は足音に気づいたのか、騒ぎ始めている」


「わかった。エヴェリーン、すまない。速度を上げるぞ!」


 ジーグルトは、戻ってきた狼を追って、疾走する。


 わたしは彼の毛をつかんで、目をつむった。


 風が氷のように冷たくて、ほおが痛かった。




 ジーグルトが止まったところで、わたしはよろよろと彼から降りた。


 すぐに、ジーグルトは人型を取る。


 集落から、ひとりの青年が出てきた。


「な、何事ですか」


 声が震えている。


 真っ白な髪に、赤い目。兎族だろう。


「いきなりの訪問、すまない。俺はジーグルト。狼族の長だ。猫族が――最近、兎族が来ないと言っていたので、最悪の事態が起こったのではないかと懸念し、こうして捜索に来た。猫族の魔法で、ここに来られた。猫族に、髪をあずけた者がいただろう?」


 ジーグルトは落ち着いた声で、事情を説明した。


「そうでしたか……。僕は兎族の――この集落の長を務めております、ヘンゼルです。仲間たちは、多くの足音がするので、隠れてしまいました。僕が、あなたがたをもてなしましょう。……といっても、集落で一番大きな建物でも、あなたがたを収容できるかどうか」


 ヘンゼルは、わたしたちを見渡して嘆いた。


「入るのは、数人にする。あとは、外で待っていてもらおう。ミヒャエル、コルネール、エヴェリーン、ディートリヒ、ユリアヌス、そして俺。六人なら、なんとかなるか?」


「はい、その程度なら」


「了解した」


 ジーグルトは狼たちや、遅れてやってきたユリアヌスたちにも説明していた。


 外は寒いだろうと言って、ミヒャエルが魔法で集落の真ん中にある、かがり火のためと思しき、石に入った薪に火をつけていた。


 待機組は、すぐに火を囲んで暖を取る。


 かくして、わたしたちはヘンゼルに招かれて、集落の集会場だという建物に入っていった。




 建物に入って、円になって座る。


 室内は、暖炉もないのに暖かかった。


 兎族も猫族ほどではないとはいえ魔法が使えるというから、魔法のおかげなのだろうか。


 ふと見上げると、天井に魔法陣が描いてあった。


 あれが暖炉の役目を果たしているのかしら、と考えている間に、話が始まってしまった。


「エヴェリーンの紹介を忘れていたな。彼女は、新しいヴァイスヴァルト辺境伯だ」


 ジーグルトに紹介され、わたしは「はじめまして。エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラスと申します。ヴァイスヴァルト辺境伯として、兎族の行方が気になって同行させてもらいました。隣の騎士――彼は、ユリアヌス。騎士団長です」


「はじめまして、エヴェリーン様。あなたのほうが立場が上なのですから、敬語はなしでお願いします」


「わかったわ」


 うなずいたところで、ミヒャエルが身を乗り出した。


「単刀直入に聞こう。なぜ、兎族は来なくなった? いつも、一定の間隔を空けて来ていたのに」


 ミヒャエルの問いに、ヘンゼルは暗い目をしてうつむいた。


「実は……僕らの村では、狐族の生き残りが暮らしていたのですが、彼らの一部が突如裏切り、兎族を殺し――村に火をつけたのです」


「なんと、むごい」


 ジーグルトは話を聞いて、眉をひそめていた。


 推測していた事実だけれど、本当にそんなことがあったと聞いて、衝撃だった。


「兎族は分かれて避難しました。ここにいるのは、全兎族の三分の一です。ほかの兎族は、違う場所に隠れ住んでおります」


「狐族は、どこに行ったのだ?」


 ジーグルトが質問すると、ヘンゼルは後ろ暗そうに目をそらした。


「ひとり、ここで保護しております」


 その口調にピンと来たのか、ジーグルトが「まさか監禁しているのか?」と指摘する。


「とんでもない――といいたいところですが……外からの鍵がかかった部屋に、ずっと……待機してもらっています。湯浴みなどの際は連れだしておりますが、見張り付きです。むごいとはわかっていますが、狐族に欺かれた我らの気持ちも、わかってもらいたい」


 ヘンゼルは早口で、説明した。


 ジーグルトは、渋い顔で腕を組む。


「あまり感心はしないが……。ひとりなら、警戒する必要はないのではないか?」


「そうも、思うのですが――。一族の者は、敏感になっております。ひとりでも、狐は誰かに化けられる。脅威です。それに、我らには彼女がどちら側かわからないのです」


「どちら側?」


 わたしは思わず、首を傾げた。


「狐族は兎族を襲った際に、同士を討ちました。狐族も襲われていたので、僕は慌てて狐族の少女を保護して逃げたのです。何が起こっているか、わからなくて。村が燃え、兎族が合流したあと、事実を突き合わせて狐族が狐族同士で争い、その後、兎族を襲ったことがわかりました」


「狐族も、一枚岩ではなかったのだな」


 ジーグルトは、難しい顔をしてあごに手を当てていた。


「そうです。保護した彼女から話を聞いたところ、人間に復讐したいと言い出した者たちがいて、それをいさめる者たちがいた。復讐を望む一派は、反対派を殺したのです。それから、兎族を襲っていった。狐族は、兎族を消すことによって、自分たちがいた事実を消そうとしたようです。ただ、我らは魔法の心得がありましたので、被害者が出て村は失ったものの……かなりの数が、生き残りました。誤算だったでしょうね。しかし、復讐派の狐族がどう出るかわからないので警戒し、分散して暮らすことにしました。猫族の訪問も、しばし控えることにしました」


 ヘンゼルの説明を聞いて、わたしたちはみんな黙り込んだ。

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