第十九話 夜会(3)
西の塔に行くと、いつもわたしが待っている場所でジーグルトが、壁にもたれていた。
窓から差し込んだ月光が、彼の秀麗な顔を浮かび上がらせている。
足音で気づいたのか、ジーグルトはわたしを見下ろし微笑んだ。
「よく来てくれた。すまない、疲れているだろうに」
「いいのよ。どうかした?」
「伝えたいことがあってな。……未だに猫族の村に、兎族が訪れないらしい。これだけ来ないとなると、最悪の想定もしないといけない……と、猫族のミヒャエルが言っていた」
「最悪の想定って、何?」
わたしは眉をひそめた。
「兎族が滅んでいる可能性だ」
「うそでしょう!?」
大きな声を出してしまい、わたしは慌てて片手を口に当てる。
「でも、兎族も猫族や狼族ぐらいの数はいるはずでしょう? それが滅ぶって……」
「狐族が兎族を攻撃したら、兎族は負ける。どのぐらいの狐族が、兎族に保護されていたかは知らないが……。兎族は、兎のように足は速いが、力は強くない。魔法も、猫族ほどは使えない」
「でも、恩を仇で返すようなこと、するかしら?」
「わからない。辺境伯を殺した狐が、兎族の集落を出る前に滅ぼしていったのかもしれない」
「たったひとりで?」
「一族を滅ぼすなら、ひとりでは無理だ。複数、いたのだろう」
「でも、一体どうして……」
「考えられる理由は、証拠潰しだ。兎族の集落には、猫族に頼めばたどり着ける。犯人の狐――いや狐たちは、仲間を警戒したんだろう」
そうか。狐を見破れるのは、狐だけだから……。
「でも、狐の生き残りはそんなにたくさんいないはずよね? それでも、兎族を滅ぼせるわけ?」
「これも推測でしかないが――狐は、兎族の誰かに化けたんじゃないだろうか」
「え? でも、獣人には化けられないって」
わたしが戸惑うと、ジーグルトは狼の姿に変身した。
「獣人なら、こういう風に証明できるという話だ。兎族が狐族を警戒していなかったら、化けられてだまし討ちされてもおかしくない」
「そっか。兎族の人型に化けて、内部から攻撃していったなら――少人数でも、可能なのね」
「そういうことだ。だが、ミヒャエルも俺も兎族が絶滅したとは考えていないし、狐族のなかでも兎族を裏切ったのは一握りだろう。猫族に接触しないのは、警戒してどこかに隠れ住んでいるのだろうと考えている。そこで、俺とミヒャエルは兎族を捜索することにした」
ジーグルトは人型に戻って、わたしを見つめた。
「わたしも、一緒に行っていい?」
問いかけると、彼は渋い顔になった。
「あまり賛成できないな」
「でも、危険な狐族は、兎族のところにはいないのでしょう? 危険じゃないわ。ミヒャエルたちもいるし、あなたもいるのなら、心強いし。領主として、領民は大切にしたいの。兎族も、領民でしょう? 保護が必要なら、わたしが手を打つ必要があるわ」
「兎族は、人間のなかに行くことを好まないだろう。保護するなら、猫族の村だ。……だが、そうだな。君が行っても、いいかもしれない。領主として、兎族を気にかけている姿勢を見せることによって、兎族は君という領主を信頼するだろう」
「じゃあ、連れていってくれるのね」
「ああ。だが、出発は明日だ。行けるか?」
「準備するわ」
「わかった。朝一番に、迎えにくる」
ジーグルトがそこで窓に手をかけたので、わたしは「待って!」と呼び止めた。
「どうした?」
「あ、あの――この前、あなたの代理で狼族の女の子が来たんだけど――あの子って、あなたの――」
「妹だが」
答えに、脱力しそうになる。
なんだ、妹なのね――。
ブラコン気味の妹と考えれば、たしかに彼女の態度にも納得がいった。
そういえば、少しジーグルトと似ていたわ。
髪も毛並みも黒かったし。ジーグルト以外で、黒い狼を見たのは、あれが初めてだったし。
血縁と考えれば、なるほどと思えた。
「ハイデ――妹が、何か無礼でも?」
「いえ、とんでもないわ。伝言を預かってくれてありがとう、と伝えておいて」
「ああ。それでは、また明日」
「ええ、また明日!」
ジーグルトは今度こそ、窓からひらりと飛び降りてしまった。
わたしが西の塔を出ると、うしろから猫姿のコルネールがついてきた。
「マクシミリアンが捜しにきてたよ。僕が結界で、見えないようにしてあげてたけどさ。声も聞こえにくくしていたから、気づかず引き返してたよ」
「ありがとう、コルネール」
わたしはコルネールを抱き上げて、廊下を歩く。
天鵞絨のような毛並みの頭を撫でると、コルネールが喉を鳴らす。
マクシミリアンが、向こうから走ってきた。
「エヴェリーン様、どこにいたんですか!?」
「な、中庭で散歩していたの」
「中庭にも、捜しにいったのですが」
マクシミリアンは、不審そうにわたしを見る。
「入れ違いになってしまったのよ」
西の塔でジーグルトと会っていることを言いたくなくて、わたしは苦しい言い訳をした。
「……ご無事なら、別にいいのですが。もう、湯が冷めてしまっていますよ。もったいないですが、入れ直してもらいましょう」
「ごめんなさいね、お願いするわ」
ぬるま湯でも平気と言いたいところだが、さすがに寒さの厳しいヴァイスヴァルト辺境伯領で、ぬるま湯で湯浴みをしたら風邪をひくこと間違いなし。
そんな危険はおかせなかった。
明日、捜索に同行するのだし。
そうだわ、マクシミリアンにも言っておかないと。
「あのね、マクシミリアン。明日、獣人族のところに出かけるわ。朝一番に、ジーグルトが迎えにきてくれるから」
「なぜ、獣人族のところに?」
理由を問われ、わたしは迷う。
マクシミリアンが狐でない、という可能性がない以上――言うのは危険だろうか?
でも、どうせユリアヌスに同行してもらわないといけない。ユリアヌスは明日、嫌でも事情を知るのだから、ユリアヌスからマクシミリアンにも伝わってしまうだろう。
「実は――兎族の行方が、わからなくなっているらしいの」
「兎族?」
「ええ。だから、わたしも領主として捜索に参加するの。今、急ぎの書類はないから、行っても大丈夫よね?」
「大丈夫ですが――」
マクシミリアンは何かを言いかけて、口をつぐんだ。
ユリアヌスみたいにハッキリ言わないけれど、マクシミリアンもわたしが獣人に入れ込んでいることに対して、面白くないと思っているのだろう。
「かしこまりました。ユリアヌスにも、声をかけておきましょう。騎士を何名か選抜し、準備をしておくように伝えます」
「ええ。お願いね」




