第十九話 夜会(2)
ようやく招待客が全て会場に入ったところで、マクシミリアンが飛んでくる。
「エヴェリーン様。そろそろ、ご挨拶を」
マクシミリアンが手を叩くと、ざわざわした会場が静かになっていく。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。新しくヴァイスヴァルト辺境伯となったわたしエヴェリーンを、どうぞよろしくお願いします。若輩者ですが、精一杯がんばっていく所存です」
わたしがドレスのスカートをつまんで一礼すると、おざなりな拍手が起きた。
「エヴェリーン様! 笑ってよ! 笑えない人間なんて、いないだろ? あんた、無愛想なだけだろ?」
既に酔っているらしい男の声で、わたしは礼の姿勢のまま動きを止める。
「止めろ。事情があって、エヴェリーン嬢は表情が動かないのだ」
いつの間にか隣に来ていたジーグルトが、わたしの背中を軽く叩いてくれる。
そこでわたしは、ようやく元の姿勢に戻る。
「……ジーグルト様のおっしゃるとおりです。わたしの表情は動きません。笑顔は振る舞えませんが、今宵はとっておきの食事とお酒を用意しました。どうぞご自由に、楽しんでください」
わたしがそう告げると、招待客は声を立てて笑って、食事のあるテーブルに向かっていった。
この夜会は、立食形式にしている。
わたしも、あとで食事を取りにいこう。
「ジーグルト、ありがとう」
「礼には及ばない」
ジーグルトに向き直って礼を言うと、彼は爽やかに笑う。
「エヴェリーン様、お飲み物を」
そこで、酒に満ちたグラスを載せた盆を手にヒルダが現れた。
「ありがとう。ジーグルトも、ディートリヒも、どうぞ」
わたしは自分のグラスを取り、彼らも促す。
ジーグルトもディートリヒもグラスを取って、杯を傾けていた。
わたしも白葡萄の炭酸酒で、喉を潤す。
ずっとしゃべりっぱなしだったから、予想以上に喉が渇いていたらしい。一気に、半分ほど飲んでしまった。
ふと、誰かの話し声が耳に入る。
「あの黒髪の男は誰だ?」
「わたしは知っているぞ。狼族の長だ!」
「狼族の長!? 狼族って、前の辺境伯を殺したやつらじゃないか!」
話し声が段々と大きくなり、無視できない騒ぎになっていく。
わたしはグラスを片手に、「静粛に!」と呼びかけた。
「狼族が前の辺境伯を殺したというのは、うわさに過ぎません。わたしは、狼族を疑っておりません。その表明として、彼らを呼んだのです」
わたしがきっぱり言い切ると、招待客はうろんげにわたしを見てきた。
ジーグルトは、何も言わなかった。
微妙な空気のまま、夜会が進んでいく。
わたしはジーグルトたちと話しながら、並べられた料理を取って食べていった。
夜会が始まって一時間ぐらい経ったころだろうか。
ジーグルトが「俺は、このあたりで失礼する」と言い出した。
わたしは驚き、「どうして」と追いすがる。
「俺と一緒にいたら、他のやつらが寄ってこないだろう?」
「…………」
たしかに。わたしたちは、遠巻きにされていた。
「ジーグルト、ごめんなさい。わたしは――」
彼が不快な思いをしないよう、采配できなかった。
夜会の主催者失格だ。
「いいさ。わたしたちは、すぐには帰らず、城を警備しておく。夜会でたくさんの人間が出入りしているし、ひとの多いところは危険だ。誰かが君を傷つけたら困るからな」
「大丈夫だと思うけど。わたし、殺される理由ないもの」
「まあまあ。俺の杞憂なら、それでいいだろう」
ジーグルトはなだめるようにわたしの頭を軽く叩いて、ディートリヒを連れて出ていってしまった。
警備してくれるのは、ありがたいけど……。
そういえば、前に来た女のひとがジーグルトの何なのか聞くのを忘れていた。
ぽつんと取り残されたわたしに、すぐに貴族の夫妻が近づいてきた。
「エヴェリーン様。勇気がおありになるのですね。狼族なんて、わたくし恐ろしくてとても近づけませんわ」
妻のほうが、笑いながら話しかけてくる。
「ジーグルト……いえ、狼族は、怖くありません。わたし、ヴァイスヴァルト辺境伯領に着いたとき、盗賊に襲われたんですけど、狼族に助けてもらったんです」
わたしの答えに面食らったらしく、夫人は一瞬沈黙する。
「でも、辺境伯を殺したのは狼族なんでしょう? あなたは否定なさっていましたが……」
今度は夫のほうが、口を開く。
「わたしは違うと思っています。でないと、彼らをここに呼びませんわ」
何回、疑惑を否定すればいいのだろう。
狼族を取り巻く厳しい状況が、嫌でもわかってしまった。
その後も近づいてくる招待客に対応しているうちに、夜が更けた。
招待客を見送ったあと、わたしは膝をつきそうになるぐらい疲労していた。
「エヴェリーン様、湯を用意させています。早く入って、寝てください」
マクシミリアンに声をかけられ、わたしはうなずき、彼の背を追って会場から廊下に出たが――
「エヴェリーン。ジーグルトが待ってる」
どこからともなく現れた猫――コルネールが、わたしを見上げてくる。
「ジーグルトが? どこで?」
「西の塔だよ」
「わかったわ。……マクシミリアン! わたし、少し散歩してから行くわ!」
マクシミリアンに一声かけてから、わたしはきびすを返して早足で歩き始めた。
「えっ……エヴェリーン様!」
「すぐに戻るわ!」
マクシミリアンに呼び止められたが、わたしは止まらなかった。




