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第十九話 夜会(1)



 夜会が来週に迫った日。


 わたしは西の塔に行った。


 いつかのように、コルネールに見張りを頼んで、犬笛を短く二回吹いた。


 すぐには来ないだろうと思って、壁にもたれて目を閉じる。


 ばっ、という音がして、大きな黒い狼が降り立った。


「ジーグルト!」


 声をかけて駆け寄ると、狼は人型に変身する。


 そこでわたしは、息を止めた。


 現れたのが、ジーグルトじゃなかったからだ。


 黒い長い髪をひるがえした、凜々しい顔立ちの女性だった。


「……ごめんなさい。ジーグルトかと思って」


「ジーグルトは、野暮用があって来られないから、代わりにあたしが来た。なんの用?」


 彼女は挑戦的に、わたしをねめつけた。


「来週、夜会を開くの。ジーグルトも、誘いたくて」


 わたしは招待状を彼女に見せた。


「これに出席するのは、誰?」


「ヴァイスヴァルトの貴族や、名士たちよ」


「ふーん。あんた、馬鹿?」


 いきなり馬鹿呼ばわりされて、わたしは面食らう。


「獣人は、歓迎されないよ」


「ヴァイスヴァルトでは、長く共存しているのでしょう?」


 王都では無理だろうが、ヴァイスヴァルトならジーグルトも一族の代表として出席できると思っていた。


「共存ねえ。獣人税を課そうとしたくせに、よく言うよ」


「それは取りやめになったわ。ね、ジーグルトに伝えてほしいの。人間と積極的に接触しているのは狼族だけだし。狼族だけでも、出席してほしいと」


「狼族だから、まずいんだよ。あたしたちは、疑われてるんだよ? あんたのところの家臣は、反対しなかったの?」


「したわ」


 マクシミリアンもユリアヌスも反対したから、なんとか説き伏せたのだ。


「でも、わたしは来てほしい。わたしが狼族を疑っていないという、表明にもなると思うの」


 そこで、ようやく彼女は招待状の入った封筒を受け取ってくれた。


「……まあ、判断はジーグルトに任せるよ」


「ありがとう。あの、ところであなたは――」


 ジーグルトのなに? と聞きたかったのだが、


「ハイデ」


 名前を返されてわたしは「そう」とうなずくしかなかった。


「もう用事は終わり?」


「そうね」


 相手がジーグルトなら、もっと話したかったところだが……。


「じゃあね」


 ハイデは軽やかに跳んで、窓から出ていった。


「エヴェリーン」


 コルネールが、猫の姿で階段を上がってくる。


「コルネール、見てた?」


「うん」


「あの子、ジーグルトの誰か知ってる?」


「知らない。代理で来るぐらいだから、親しいんじゃない?」


 コルネールは興味がなさそうに、顔を洗い始めた。


「気になるの?」


「ええ」


 ハイデは、野性的な美しさをまとっていた。


 もしかしたら、ジーグルトの恋人かもしれない。


 そう思うと、胸が痛んだ。




 夜会当日。


 ヴァイスヴァルト中から、貴族や名士が集まった。


 わたしは会場となっている広間にたたずみ、挨拶にやってくるひとたちの応対をする。


「はじめまして。エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラスです」


 にこやかに、とはいかないけれど、努めて穏やかな声で挨拶し、握手をしていく。


 招待客は、わたしをじろじろと遠慮なく見ていった。


「本当に、笑わない令嬢なんだな」


「無表情って怖いよな」


 なんてこそこそ話が聞こえてうつむきかけたとき、見慣れた姿が目に入った。


「招待ありがとう、エヴェリーン」


 貴族然とした上品なロングコートに身を包んだ彼の姿に思わず見とれ、胸が弾む。


「ジーグルト。ようこそ! よく来てくれたわ」


 わたしは両手でジーグルトの右手を握りしめる。


 ジーグルトは、ディートリヒと呼ばれていた青年を連れていた。


 彼がハイデを連れてこなかったことに、ホッとする。


「ああ。エヴェリーン、あとがつかえているから、放してくれ」


「ご、ごめんなさい」


 手を放すと、ジーグルトはディートリヒと談笑しながら、会場の内側へと進んでいった。


 次いで現れたいかめしい老人と握手を交わし、わたしは「ようこそ」と挨拶をした。


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