第二話 物憂げな令嬢
それから、カーテは屋敷には帰ってこなかった。
「お嬢様。カーテ様は、ずっとお城に?」
椅子に座って窓の向こうを眺めるわたしに、メイドがおずおずと話しかける。
「……ええ、そうね。もう、帰ってこないんじゃないかしら」
わたしは、妹をいじめるひどい姉ということになっているらしいし。
カーテ。
たしかに、厳しくした。だって、わたしたちは伯父様が迎えにくるまで、庶民と同じ暮らしをしていたのだから。
わたしの属するヴァイアーシュトラス公爵家は王族に連なる大貴族だ。けれど、次男坊だったわたしの父は庶民である母を愛し、駆け落ちした。
わたしとカーテは北の物寂しい町で生まれ、育った。
母が流行病に倒れ、次いで父が倒れた。
父はわたしたちのことを案じて、自分の兄に手紙を書いていた。
父が亡くなってしばらくして、迎えがきた。
王都のヴァイアーシュトラス公爵家からの迎えだと聞いて、ぽかんとしたものだ。
自分たちが貴族の娘だったと知って、驚いた。
伯父様のところには、男の子がひとりいた。わたしの義兄に当たる。
伯父様は、わたしを特に厳しくしつけた。
貴族の娘は、政略結婚の道具になりうる。
だからこそ、まずは長女を厳しくしつけようとしたのだと思う。
でも、カーテへの態度を見るに彼女の天真爛漫さに惹かれて、厳しいしつけがしにくかったのかもしれない。
わたしは連日の厳しいレッスンに耐え、それをそのままカーテに教えた。
言葉遣いも、いちいち指摘した。
全て、カーテのためだった。
カーテが、いいところに嫁げるように。
わたしは宮廷での作法や振る舞いを覚え、カーテより先に社交界デビューした。
そのときのわたしは、打算でいっぱいで。
第三王子オトフリート様に目をつけた。
王太子である第一王子ほどの重責はなく、また第二王子ほど政争には巻き込まれにくそうな。
なにより、薄茶色の長い髪と青い目を持つ貴公子が、わたしの目にはとても魅力的に映った。
わたしは必死にオトフリート様の前で魅力的であろうと、振る舞った。
第三王子はいずれ、王の直轄領のどれかを受け継ぎ、公爵位をたまわる。
彼と結婚すれば、わたしは安泰。
そう思ったから、必死に彼に取り入った。
作戦は成功して、オトフリート様はわたしを気に入ってくれて、国王に話を通してくれた。
第三王子からの求婚は伯父様越しに伝えられて、わたしは思わず拳を突き上げそうになったものだ。
……なのに。
いつからか、わたしの表情は凍りついて、笑えなくなった。
医者に診てもらっても、お手上げ。
『心因性のものではないでしょうか』
と言われるだけ。
どうして。
わたしは、欲しいものを手に入れたのに。
そして――失った。よりにもよって、愛する妹の手によって。
わたしは妹に教えた。社交界の裏に渦巻く闇を。
裏切られるぐらいなら、裏切る立場になりなさいと教えた。
カーテは、それを実行したまで。
わたしが恨む筋合いは……ない。
オトフリート様の気持ちはわかる。笑顔を浮かべられない妻なんて、来客を歓待し夜会などにも出席する妻にふさわしくない。
カーテは、オトフリート様が欲しくなった。
オトフリート様は、わたしが邪魔になった。
利害が一致して、ああいうことになったのだろう。
「お嬢様」
声をかけられて、わたしは振り向く。
さっきのメイドは、もういなかった。
扉越しに響いた声に、「何?」と返事をする。
「王太子殿下が、お越しです」
そう聞いて、わたしは急いで立ち上がった。
一体、何の用なのだろう。
オトフリート様は気まずいから、兄に頼んだのだろうか。




