表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/48

第十六話 獣人族の歴史



 猫の村から帰る途中でジーグルトと別れ、わたしと騎士たちだけになった。


 わたしはユリアヌスと騎士たちに、コルネールの正体をばらさないようにと口止めした。


「隠す必要、あるんですか?」


「念のためよ。狐が城に潜んでいて、わたしを害しようとしているのなら、コルネールは切り札になるわ」


「別に、エヴェリーン様が狙われる理由はないと思いますけどね……。ま、あなたの判断なら尊重しますよ」


 ユリアヌスはいまいち納得していないようだったが、一応約束してくれた。


 わたしにとって、コルネールはかなり重要な存在になってくるだろう。


 だって、コルネールは確実に狐ではないのだから。


 城の外にしか味方がいないと思っていたわたしにとって、それはなにより安心できる事実だった。


 


 帰ってすぐ、マクシミリアンが迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、エヴェリーン様。……おや、その猫は?」


 わたしの肩に載っていたコルネールが、「にゃあん」と鳴く。


「捨て猫がいたから、拾ってきたのよ。きれいな猫でしょう?」


「はい。……でも、その猫はただの猫ですか? 猫族のところにも行くと言っていましたよね?」


 問われ、ぎくりとする。


「ええ、ただの猫よ」


 わたしがコルネールのあごを撫でると、コルネールは喉を鳴らした。


「――そうですか。……獣人なら、もっと大きいはずですよね」


 マクシミリアンはいぶかしげな表情を崩さなかったが、わたしは素知らぬ顔で彼の横を通りすぎた。


「今日はたくさんの距離を馬で駆けたから、お腹が空いたわ。早く、夕食にしてちょうだい」


「かしこまりました。料理人を急かしてきましょう」


 わたしの指示を受けて、マクシミリアンは早足で行ってしまった。


 


 いつものように、寝る前にヒルダに髪をとかれる。


「ヒルダ。あなたの言ったこと、正しかったわ。猫族のひとに、わたしには呪いがかかっているって言われた」


「……それは、予想が当たって、残念なことです」


 ヒルダはいつもの鉄面皮で、わたしの髪をブラシでときほぐしていく。


「呪いを解く方法は?」


「呪具を壊すしか、ないみたい。実行できるのは、王都に帰ったときぐらいでしょうね。わたしが呪われたのは、王都にいたときだから」


「犯人に心当たりは?」


 質問にぎくりとしながら、わたしは「ないわ」と答えた。


 本当は、カーテという有力な犯人候補がいる。


 だけど、わたしは他人に言う気になれなかった。


「心当たりがないのなら、王都に行っても犯人を探すのは難しそうですね」


「そうね……」


 おざなりな返事をして、わたしは鏡のなかの自分を見つめる。


 動かない表情。オトフリート様を陥落させたころのような、笑顔なんて浮かべられるはずもない。


「他に御用は?」


「ないわ。休んでいいわ、ヒルダ」


 髪をとき終わったヒルダを送り出し、わたしはベッドに寝転んだ。


 その衝撃で、それまでベッドの上で眠っていたコルネールが起きたらしい。


 人間の姿に変身して、わたしの顔をのぞきこむ。


「エヴェリーン様。僕、あの籠のなかで眠らないといけないの?」


 コルネールがあごで示したのは、床に置かれた籠の形をした猫用のベッドだった。


「ベッドで眠ってもいいわよ。でも、猫の姿でね。朝、メイドが起こしにきたときに、人間の子がいたら驚いちゃうでしょ」


「はあい」


 返事をしつつ、コルネールは床に降りたってのびをしていた。




 それからは、穏やかな日々が続いた。


 コルネールはすっかり、わたしのペットの猫として城の者にかわいがられている。


 ある日、わたしが書類にサインしているとき、コルネールが机に載ってきた。


「ねえ、エヴェリーン様」


「なあに?」


「ジーグルト、来ないね。まだ兎族が来ていないのかな」


「そうねえ……」


 狐を連れてきてくれる――というのも、もちろん嬉しいのだが、それ以上にわたしは――


「エヴェリーン様、寂しそう」


 指摘されて、ハッとする。


「ジーグルトに会いたいんでしょ」


「ど、どうしてわかるのよ」


「だって、たまに犬笛を見てため息をついてるもの。あれ、ジーグルトの持ってた笛でしょ。エヴェリーン様に渡したってことは、よっぽどエヴェリーン様のことが心配か、気に入ったんだろうな。その笛、吹けばいいのに。来てくれるよ」


「呼びたいのはやまやまだけど、重要な用事があるわけでもないし、ジーグルトや狼族はこの城に入りにくいのよ。騎士団長のユリアヌスも、執事のマクシミリアンも、狼族を疑っているから」


「僕、城のなかを見て回ったんだけどね。西の塔なら、ひとけがないから、そこでジーグルトに会えるんじゃないかな。ジーグルトなら、あの塔の窓まで跳んでこられるよ」


 コルネールの提案に、わたしは息を呑む。


 服のなかに隠していたペンダントトップ――犬笛を取り出し、わたしはつやつやしたそれを、じっと見つめる。


「ただ、会いたいだけで呼んでもいいものかしら」


「いいんじゃない? ジーグルトも、うれしがるよ。僕、エヴェリーン様とジーグルトが結婚したらいいなって思ってるんだ」


 いきなりの発言に、わたしは「え゛え゛っ」と変な声を出してしまった。


「どうしてそんな、飛躍した話になるのよ」


「ふふ。知ってる? 昔、ヴァイスヴァルト辺境伯は獣人族の国だったんだよ。たくさんの王国があった」


「……知ってるわ。でも、戦争で負けて、いくつかの獣人族は絶滅しちゃったのよね? 獣人って、力も強いし魔法を使える部族もいるのに、どうしてそうなったの?」


 獣人族との戦争については歴史の授業で、家庭教師に習ったことがあった。


「簡単だよ。人間は、数が多すぎたんだ。数で圧されて、負けたわけだね。まあ、それはともかく。獣人はそれぞれの王国を持っていたんだけど、狼族がその王国を束ねていたんだ。王のなかの王――それが、狼族の王の別名だよ」


「獣人族の、王ってことね」


「そうそう。だから、今の実質的なヴァイスヴァルトの支配者である辺境伯と狼族の王が結婚したら、昔みたいになる。王のなかの王が復活する。ロマンがあると思わない?」


「そうね……」


 たしかに、素敵な気がした。


「とにかく、エヴェリーン様。ジーグルトに会いなよ。西の塔で、笛を吹くんだ。誰かが来たら、僕が魔法でかくらんしてあげる」


 コルネールに背中を押されて、わたしはうなずいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ