第十五話 猫の言い分(2)
「そういえば、ジーグルトに猫族には魔女がいるって聞いてたのだけど……今回会ったのはふたりとも、男性よね」
わたしが手を放しながらミヒャエルに問いかけると、彼は苦笑した。
「猫族は、女の方が魔力が強いんだ。だから魔女のが有名だったりする。長も代々、女性が多い。とはいえ、私の家系は男でも魔力の強い者が生まれやすい。コルネールは、とびきり優秀な魔法使いだよ。頼りにしてくれていい」
ミヒャエルは身内びいきなしに、コルネールを評価しているようだった。
思わず、コルネールとミヒャエルを見比べる。
兄弟だけあって、似ている。どこか中性的なところや、優美で整った顔立ちが。
「他に、何か聞きたいことは?」
ミヒャエルに問われて、わたしはハッとする。
「そうだわ……猫族は、兎族の居場所を知っている? ジーグルトに聞いたら、狼族は知らないけど猫族なら知っているかもと――」
「居場所は、残念ながら知らない。兎族は、かなり警戒心が強いので。でも、たまに取引するために猫族の村にやってくる。彼らが手土産にするのは、大体が貴重な薬草だな。兎族は定期的に猫族の村を訪れるようにしているみたいだ。あと、兎族にも猫族ほどではないが魔法が使える者がいる。魔法が使えるから、我らの居場所がわかる。彼らには、長や長代理の髪を渡すことにしている。それがあれば、居場所を突き止める魔法が使えるから。念のために、兎族の髪ももらっているが、基本的には使わないようにと釘を刺されている」
「ふうん……。猫族と取引はしても、自分たちの居場所は教えないって不思議ね」
「それほど不思議でもない。兎族は草食だし、猫族ほど魔法は使えないから。隠れ住むことで、他の獣人や人間から身を守っているんだと思う。さっき言った魔法を使えば、兎族の居場所は突き止められるが――あまり使わないようにと約束しているから、約束を破りたくない。彼らの来訪を待ったほうがいいと思う。どうせ、そろそろ来る時期だ」
それと、とミヒャエルは付け加える。
「生き残りの狐が潜んでいるとしたら、兎族のなかかな……と思っている」
「それも……わたしが、聞きたいと思っていたことなの。狐族の生き残りは存在するのね? そして、兎族のなかに隠れている?」
「おそらくね。狐族が襲われたとき、獣人は誰も助けにいかなかった。しかし最近、猫族のひとりが気まぐれに廃墟になった狐の村を訪れてね。兎族しか持ってこない薬草がひからびた状態で、そこに落ちていたそうだ。彼はそれを持ち帰ってきた。兎族の者たちが狐族のところに行って、助けたんじゃないか……と、うわさになっていた」
ミヒャエルの言葉に、ジーグルトは眉を上げた。
「それは、俺も初耳だな」
「すまない。本当に、最近わかった話なんだ。君に会ったらすぐ、伝えようとは思っていた。狼は、狐を探しているだろうから」
ミヒャエルがばつが悪そうに説明すると、ジーグルトは肩をすくめていた。
「兎族がかくまっているなかに、あの事件の犯人がいるのかしら?」
「どうだろう。ただ、兎族が狐族の生き残りと一緒に暮らしていたのなら、『いなくなった狐族』が誰かはわかるだろう。しかし、その狐族の名前がわかっても、人間の誰かに化けていたらどうしようもない」
ミヒャエルは長々と息をついて、お茶をすすっていた。
「魔法使いでも、人間に化けた狐の正体は暴けないの?」
「うん。そこが、狐族の強いところでね。狐以外は、正体を見破れないんだ。猫族や人間の魔法も、狼族の鼻も利かない」
ミヒャエルの説明で、わたしはピンときた。
「でも! 狐族同士なら、わかるのよね」
「そのとおりだ」
ミヒャエルが肯定した途端、わたしは立ち上がった。
「それなら、話は変わってくるわ。兎族の村に潜んでいる狐族に協力をあおげばいいんだわ。ミヒャエル、そろそろ兎族が来る時期なのよね?」
「おそらくね。心配しなくても、兎族が来たら、ちゃんと話を聞き出すよ。うまくいけば、狐を連れてきてくれるだろう。狼族が窮地に陥っていると聞いたら、兎族は手助けしてくれるはずだ。兎族は、慈悲深いんだよ」
慈悲深い、というところをミヒャエルは強調していた。
でも、そうなんでしょうね。だって、他の獣人が助けなかった狐族を、兎族は助けたかもしれないのだから。
「兎族の接触があり次第、ジーグルトに伝えるよ。それで、君にも伝わるだろう?」
「……わかったわ」
ミヒャエルの提案を、わたしはすぐに受け入れた。
猫族はやはり、なるべく直接人間とは接触したくないのかもしれない。
でも、かなり有益な情報を得られた。
今回の訪問は、成功と言える。
「ミヒャエル、色々ありがとう。弟さんを、しばらく借りるわね」
「いえいえ。君の治世に、期待しているよ」
わたしが立ち上がって一礼すると、ミヒャエルも腰を上げて華麗に礼を返した。