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第十五話 猫の言い分(1)



 わたしたちは、ミヒャエルの家に招き入れられた。


 ソファの上で、濃い灰色の猫が眠っている。ミヒャエルの猫姿と比べると、かなり小さい。普通の猫だといっても通りそうだ。


「さあ、座って」


 ミヒャエルに促されて、わたしとジーグルトとユリアヌスはソファに腰かけた。


 ミヒャエルが座ると、灰色の子猫が目を覚まし、彼の膝に飛び乗って丸まってまた眠り込む。


 他の騎士には、外で待っていてもらっている。


「わたしに呪いがかかっているって、本当?」


 温かいお茶を出されて、それをすすりながらわたしはミヒャエルに尋ねた。


「本当だよ」


「誰が呪ったか、わかる?」


「それは、わからないな。でも、呪具があるはずだよ。君を呪ったひとは、呪具を持っているはずだ。心当たりは、ないのかい? 呪具には、呪う相手の髪や爪など、体の一部が必要だ。髪が一番手に入りやすいかな」


 心当たり。


 ふと、カーテの顔が浮かぶ。


 彼女なら一緒に住んでいたのだから、わたしの髪を手に入れることなんて、造作もないだろう。


「魔法使いでなくても、誰かを呪えるの?」


「呪いの種類次第だけど……。君のは、表情が凍りつく氷の魔法の一種だから、魔法使いに頼んでやってもらったんだろうね。だけど、呪う行為自体は魔法使いじゃなくて本人が強い念を飛ばさないとできないんだ。呪具も、魔法使いじゃなくて呪いを頼んだひとが持っているはずだよ」


 ミヒャエルの答えに、わたしはうつむいた。


 ジーグルトが心配そうに、わたしの顔をのぞき込む。


「呪具を壊せば、呪いは解ける。誰か、使いを頼んだらどうだ?」


「……いいわ、今は。どうせ、王都に戻ることもあるでしょう。そのときに、呪具を壊すわ」


 わたしが言い張ると、ミヒャエルは「ならいいけど」と肩をすくめた。


「それで、ここに来たのは呪いを突き止めるため?」


「それも、目的のひとつ。あと、わたしは新しい領主として、辺境伯一家殺害事件のことを調べているの。猫族の見解も聞かせてもらえるかしら。事件については、知ってる?」


「ジーグルトから聞いていたよ。……まさか、猫族が犯人だと思ってる?」


「いいえ。でも、あらゆる可能性を考えたいと思っているわ。だから、そうね……猫族が絶対に犯人でないって言い切れるなら、主張してほしいの」


 わたしの頼みに、ミヒャエルはさすがに眉をひそめたが、膝に載せた猫を撫でながら、語ってくれた。


「猫族は、さっき君が見た――私の猫姿――あの程度の大きさが限界だ。だから、成人の喉笛を噛みきるのは難しいよ」


「そうよね……。でも、魔法を使ったら?」


「体を引き裂く魔法があるにはあるけど、どれも鋭利な切り口になって、獣の噛み痕みたいにはならないよ。炎の獣、水の獣……などを表すことができるけど、それらは本物の獣のようには噛まない。炎の獣なら、相手を焼く。水の獣なら、相手を包んで溺死させる。それに、魔法の痕跡があるかどうかは、真っ先に調査されるはずだ。そうだろう、騎士団長?」


 ミヒャエルは、ユリアヌスに顔を向けた。


 ユリアヌスはにこりともせず、うなずいた。


「ああ。事件のあとすぐ、州都の魔法使いを召喚し、調査してもらった。魔法を使った痕跡はない、との判断だった」


「……それは知らなかったわ。ごめんなさい、ミヒャエル」


「いえいえ。でも、これで猫族の関与は否定できたかな」


「そうね。あなたも、犯人は狐だと思っている?」


 わたしの問いに、ミヒャエルは深くうなずいた。


「まあね。狼族と付き合いがあるから、という理由もあるけど――狼族や猫族はたしかに、獣人税で頭を悩ませていた。でも、それで辺境伯一家を殺害しようとはならないよ。かつての狐みたいに討伐されかねないからね。リスクが大きすぎる」


 わたしは納得したが、ユリアヌスは不満そうに腕を組んでいた。


「ところでエヴェリーン嬢。呪具の居場所を突き止めるためには、魔法使いが一緒にいたほうがいい。……コルネール」


 ミヒャエルは膝に載せていた猫の背を、軽く叩いた。


 起きた猫は、にゃあと鳴く。


「ご挨拶を」


 促されて、猫はミヒャエルの膝から降りて、姿を瞬時に変えた。


 濃い灰色の髪の少年が、ミヒャエルによく似た形の青い目で、こちらを見すえていた。


「彼はコルネール。私の弟だよ。見ての通り、まだ子供で体が小さく、猫姿も普通の猫とあまり変わらない。コルネール、エヴェリーン嬢の呪いが解けるまで、お守りしなさい」


「えっ。で、でも弟さんを借りるわけには……。わたしが王都に行くのが、いつになるかわからないし」


「気にしないで。猫族からの、新しい領主へのお祝いとでも思ってほしい。あなたは、呪われている。呪具を持った相手が、もっとひどい呪いを重ねないとも限らない。そのとき、魔法に対して知識を持った者がいたほうがいい。コルネールは猫族でも、力の強い魔法使いだ。きっと、お役に立つ。そうだろう、コルネール?」


「……うん」


 少年――コルネールは、じっとわたしを見つめてきた。


 年は、まだ十歳ぐらいだろうか。表情は、ずいぶんと大人びている。


 わたしは慌ててユリアヌスを見たが、彼は「領主様の思うとおりに」と言うだけだった。


 せっかくの好意だし、とわたしは「それでは、しばらくよろしくね。コルネール」と言って手を伸ばした。


 コルネールは、その手をぎゅっと握る。

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