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第十四話 獣人族を訪ねて



 獣人たちを訪ねることが決まったのは、視察から二週間後のことだった。


 ユリアヌスと部下の騎士五人が、わたしの乗った馬を囲むようにして護衛する。


 ふと、懐に仕舞ってある犬笛を意識する。


 まだ使ったことはなかった。


 本当は心細い夜に使ってしまおうかと思ったのだけれど。


 ジーグルトは長だ。忙しいだろうし、なにより城に入るのが大変に違いない。ユリアヌスや騎士に見つかると、ややこしいことになるし。


 そういう事情で、わたしは犬笛を使えないでいた。


 いざというときのお守りだと思っておこう。


 狼族は北の山の麓に住んでおり、猫族はその山の近くに広がる大森林に住んでいるらしい。


 距離的に狼族のほうが訪ねやすく、また猫族の住んでいる位置は把握できていないということで、とりあえず狼族を先に訪ねることにした。


 わたしたちが狼族の村に入ると、すぐに狼の一匹が大きな家に入っていって、ジーグルトを呼んできてくれた。


「エヴェリーン。視察か? よく来てくれた」


「そんなところ。いきなりの来訪で、ごめんなさいね」


「構わない。ちょうど、俺もいたし」


 ジーグルトは、わたしの後ろにいるユリアヌスを見て少し眉をひそめていた。


 たしかに、来たときにジーグルトが留守でなくて幸運だった。


 本当は使者を立てたほうがよかったのだろうけど……騎士たちが、行きたがらなかったのだ。


 騎士はユリアヌスを筆頭に、狼族を疑っているから仕方ないのだろう。


「なかに入って、お茶でも?」


「いえ。実は、猫族のところに案内してほしいのよ。頼めるかしら」


「猫族? ああ、いいよ。それでは、俺が先導しよう」


 ジーグルトは厩舎に行って、馬を連れてきて、ひらりとまたがった。


「そういえばエヴェリーン。馬に乗れるようになったんだな」


「ええ。乗れないと、何かと不便そうだったから、騎士団長に習ったの」


「そうか。でも、その乗り方は乗りにくそうだ。女人は大変だな」


 ジーグルトはしみじみつぶやいて、わたしの乗っている馬の鼻面を撫でた。


 馬はうれしそうに、ひひんといななく。


「……きれいな村ね」


 わたしは村を見渡した。


 こぢんまりとしているが、通りも家々もこぎれいだ。


「それは、どうも」


「畑はないのね。狼族は、農業をしないの?」


「しないな。俺たちは狩りで生計を立てている。野菜もほとんど食べないしな」


「へえ……」


 わたしが納得したところで、ジーグルトが「行こう」と合図をした。


 


 ジーグルトに先導され、わたしたちは大森林に入っていった。


「どうして、狼族は猫族の居場所を知っているの? 領主は知らないのに」


 わたしの書斎にあるどの資料にも、地図にも、猫族の居住場所は記されていなかった。


 質問に、馬を並べて走らせていたジーグルトは苦笑する。


「猫族は、ひんぱんに移動するからな。そして、あまり人間の町には行かない。だから狼族の村を訪れて、必要なものを購入するんだ。だから、狼族も猫族の居場所は把握している。移動したら、教えてもらえるんだ」


「猫族も、狩りをするの?」


「猫族は、魔法が使える。治癒魔法が使えるから、怪我や病気のときに診てもらう。他は、精巧な金細工を作ったりしているな……。原料を、どこから調達しているのかは知らないが。俺たちは物々交換で受け取った金細工を、人間の町に行って売る」


「なるほどね……。猫族は、どうして人間の町に行きたがらないのかしら」


「さあ。魔法が使えるから、悪用されたくないのかもしれないな」


 ジーグルトは肩をすくめて、推測を口にした。


 そっか……魔法ね。


 たしかに、魔法使いというのは希少だ。


 このイェーアル王国でも、近隣諸国でも、魔法使いは重宝される。


 魔法使いは素質がないとなれない。素質があっても、素質が少しであれば簡単な魔法しか使えない。


 一人前の魔法使いとなれば、庶民の生まれでも貴族に負けない暮らしができるほど、稼げるとか。


 小一時間ほど馬を走らせると、森が急に開けて、小さな村に着いた。


 ジーグルトが真っ先に馬を降りて、手綱を引く。


 わたしたちも馬から降りて、彼を追った。


 すると、大きな猫が近づいてきた。


「狼の王ジーグルトよ、何か用かい」


 白い猫は瞬時に変身して、白髪の青年の姿になった。


 長い白い髪は腰まで伸ばされ、後ろで一本に束ねられている。目は、薄い青だった。


「猫の女王の孫息子ミヒャエル。突然の――客人を連れての来訪、すまない。猫の女王は?」


「女王は、最近具合が悪い。今日も、眠っている」


「病気なのか?」


「いいや。年だよ。だから心配することはない。今は女王の代わりに、私が長の役目を務めている。それで、客人とは?」


 ミヒャエルは興味深そうに、私たちを見てきた。


「この前、伝えただろう。領主が代わった。こちらが新しい、領主――」


「エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラスよ。どうぞ、よろしく」


 わたしはジーグルトに紹介され、スカートをつまんで一礼した。


「ずいぶんと若い領主だな。はじめまして、エヴェリーン様」


「様、はいいわ。あなたも、長なら対等でしょう」


「長代理、だけどね」


 微笑み、ミヒャエルは手を差し出した。わたしはその手をしっかりと握った。


 そのとき、ミヒャエルの顔が歪んだ。


「おやおや、エヴェリーン。あなたは誰かに呪われているようだ。大丈夫かい?」


 ――嘘でしょ。やっぱり、呪われていた……!?


 絶望のあまり、もう少しでわたしは、その場に座り込んでしまうところだった。


 

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