第十三話 悪役令嬢の演劇と新しい疑い
外に出ると、店から少し離れたところにある広場で劇をしていた。
わたしはユリアヌスに声をかけ、馬を店先につないだまま広場に向かった。
簡易な舞台の上では、金髪の女が倒れたところだった。
彼女を見下ろすのは、ひと組の男女。
「エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラス! お前は、妹のカーテをムチで打ち、殴りつけた! なんてひどい女だ!」
男の口上で、わたしの血が冷えていく。
――王城での出来事がうわさになって、ここまで届いたのだ。
「お前は追放だ!」
王子役の男が高らかに言い放つと、わたし役の女優はさめざめと泣いて舞台を去ろうとする。
「悪女め!」
「さっさと出ていけ!」
ヤジが飛ぶ。
まるでわたしに、投げつけられたかのようだった。
「……でもよう。エヴェリーンって、どっかで聞いた名前だな」
「新しい領主の名前だろ。あいつが、追放されてここに左遷されてきたんだよ」
「げーっ。マジか。減税や炊き出しをしてくれたから、いい領主と思いきや」
「そりゃ、最初は民衆の機嫌を取るもんさ。いずれ、正体を現すぜえ。前の辺境伯のがよかったかもしれねえなあ」
観客たちの会話で、わたしの血はますます冷えていった。
「行きましょう、ユリアヌス」
「はい」
ユリアヌスは、慰めの声をかけなかった。
それが、ありがたいと思う。
優しい声をかけられたら、泣いてしまったかもしれない。
表情がなくとも、この目は涙を流すのだから。
泣いたら、観客がわたしの正体に気づいても、おかしくなかった。
町を出て、城への道を走らせる。
道すがら、わたしはユリアヌスに尋ねた。
「あなたは、犯人が狐だとは思っていないの?」
「思ってないですよ。最近、狐は存在を確認されていないんです。そうした連中には、濡れ衣を着せやすいでしょう。だとしたら、狼のが怪しい」
「ジーグルトは、たしかに獣人税で揉めていたけど、国王に訴えるつもりだったと言っていたわ。なのに、それもせずに辺境伯一家を殺すのはおかしくないかしら?」
「ジーグルトは、あのとおり冷静なやつなんでね……。たしかに、やつは殺していないかもしれない。でも、狼族にはカッとなりやすい連中もいる。そいつらが、カッとなって殺したんでしょう。ジーグルトは、仲間を庇っているんですよ。狼族の仕業だと判明したら、狐みたいに討伐対象になるかもしれませんからね」
「…………」
悔しいことに、ユリアヌスの言うことも一理ある。
わたしはジーグルトを信じたいけれど……。
「ところで、エヴェリーン様。どうでした? 視察は。有益でしたか?」
いきなり問われ、わたしは少し詰まったあとに答えた。
「……ええ。視察して、よかったと思うわ」
町の様子もわかったし、王都からうわさが届いているのもわかった。
後者は別に、知りたくなかったけれど。
この領地に受け入れられるのは、まだまだ時間がかかりそうだった。
「妹をムチ打ちして殴ったって、本当なんですか?」
ユリアヌスの質問に、わたしは大きくかぶりを振った。
「まさか! 手をあげたことはなかったわ。たしかに、厳しくしつけたけど……。誓って、本当よ」
「ふーん。まあ、あなたを見てたらそうなんだろうな、とは思いますよ。居丈高なところもないし」
褒めてくれているのかしら。
わたしが「ありがとう」と礼を述べると、彼は軽やかに笑った。
夜。わたしはいつものように、寝る前にヒルダに髪をとかしてもらっていた。
視察で疲れたのか、わたしは今にも眠りそうだった。
ふと、あることを思い出して閉じそうになっていた目を開く。
「ヒルダ」
「はい」
「あなた、一番に辺境伯一家の遺体を発見したそうね」
「そうですね」
ヒルダは冷静な態度を崩さなかった。
「その……獣にやられたと、すぐわかった?」
「いえ。わたしには、何もわかりませんでした。ただ、血だまりのなかに夫妻が倒れていて……。わたしは腰を抜かして叫びました。あまりよく、見ていないんです。申し訳ありません」
「謝ることないわ。ごめんなさいね、辛い記憶でしょうに。ただ、わたしはこの事件を調べているから」
「いえ、大丈夫です」
ヒルダは手を止めずに、髪をくしけずっていた。
「あの、エヴェリーン様」
今度は、ヒルダがわたしに声をかける。
「何?」
「その表情、もしかして呪いではないですか?」
「呪い!? まさか。それに、わたしは一度、王都の魔法使いに見てもらったのよ」
わたしも、実は呪いではないかと疑った。
だから公爵のつてで、魔法使いを家に招いてもらって、わたしに呪いがかけられていないかどうか、見てもらった。
「今度、獣人の住居を訪れると言ってましたよね。その際に、猫の獣人に見てもらったほうがいいと思うんです。王都の魔法使いは、誰かの息がかかっていたかもしれないでしょう? ひとりの判断だけで決めるのは、危険です」
「そう……そうかもしれないわね」
たしかに、わたしに呪いを頼んだ人物がいて、わたしが魔法使いを呼んだといううわさを聞いたら――手を打つかもしれない。
でも、一体誰が。
そこでわたしは、ハッとした。
目に浮かぶのは、ハニーブロンドの明るい少女。
カーテには動機があり、更に同居していたから情報を得やすかった。
カーテじゃないと、思いたかった。
でも、カーテはわたしにムチを打たれたという嘘をついて、オトフリート様を手に入れたのだ。
「エヴェリーン様?」
「なんでもないわ。……そうね、あなたの言うとおり……猫族を訪ねるときに、見てもらってみるわ」
呪いではないといい、と思った。心因性のものであればいいと。
呪いだとわかった瞬間、わたしは妹を疑わざるを得ないだろうから。