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第十一話 領主のお仕事(2)

「それと、孤児院から早急に支援をしてくれないかという嘆願書が来ています。どうなさいますか?」


「孤児院ね……。これについては、私が陛下に手紙を書くわ。地方ではなく国に負担してもらう」


「それだと、他の領地から不満が出ませんか?」


「出るわ。それでいいのよ。国は二重に税金を取っているのだから、本来は国が担当すべき問題なのよ。子供は国の宝とも言うでしょう? わたしたちが、前例となればいい。……ま、今後のことはともかくヴァイスヴァルト辺境伯領は今、孤児院の運営費を捻出するのは難しいもの。国王陛下に訴えましょう。ただ、陛下の対応を待っていると遅くなる。一時的に、ヴァイスヴァルト辺境伯領の予算から出して孤児院に支給して。国王陛下からお金をいただいたら、予算に充当するわ」


「かしこまりました。それで、初期費用のほうですが――ドレスや宝飾品を売るだけでは、まかなえない可能性が出てきます」


「たしかに。では、伯父のヴァイアーシュトラス公爵にお金を借りるわ。手紙を書く。伯父は裕福で、わたしは一応身内だし、利子もつけてこないはずよ」


 わたしの判断に、マクシミリアンは感心してくれたようだった。


「エヴェリーン様――僭越(せんえつ)ながら、とても適格なご判断かと存じます。領地経営について、学ばれたのですか?」


「ええ、座学だけどね。どこに嫁ぐにせよ、領主夫人になるならこういう知識が必要になるから」


 もっとも、妻に口を出させないようにする領主もいるらしいから、領主夫人になって知識が役に立つかどうかは夫次第となる。


 でも、今は勉強していてよかったと心から思う。


 長く領主に仕えていたマクシミリアンに褒められて、悪い気はしなかった。


 とはいえ、わたしの提案はあくまで机上の空論に過ぎない。上手くいくかどうかは、実行に移してからでないとわからない。


「それと……失業者に農地をあてがうまで、時間がかかるかもしれない。それまで、炊き出しを。ヴァイスヴァルト辺境伯の別邸って、どこかにある?」


「州都にございます。そちらはほとんど使われておらず、管理人がひとり、使用人がふたりほどしかいません。貴重品の類いは置いていません」


「結構。そこを、簡易宿泊所および炊き出しの場所として提供しましょう」


 ヴァイスヴァルト辺境伯領は寒冷な気候で、今でも夜になれば凍える寒さとなる。家賃を払えず追い出されたひとは、夜を明かせず死んでしまうだろう。


「そこに、ふたりほど騎士を派遣して。警備はもちろん、炊き出しなどを手伝うようにと」


「はっ。ユリアヌスに頼んでおきます。――地方は、どうなさいますか?」


「地方各地で炊き出しというのは、人員面でも場所的な問題でも難しそうよね。地方には、通達を。家をなくした者、食べ物がない者は、州都の簡易宿泊所が受け入れると。地方には馬車を走らせて、州都まで無料の送迎を行わせて。これも騎士に頼むほうがいいわね」


「わかりました。しかし、あそこだけで受け入れられるでしょうか。別邸は、かなりの広さがあるとはいえ――」


「無理だったら、一時的に城の一画を提供。その後、州都か他の大きな町で空き家を捜して買い上げるか、借りましょう。この際、修繕などは後回しでもいい。とにかく、領主が失業者に家と食べ物を提供することを知らせる。これが大事よ。盗賊に転じさせないためにも」


「なるほど」


 マクシミリアンは大きくうなずき、ペンを走らせていった。


「……あなたは、辺境伯に意見しなかったの? 減税について」


 不意に問うと、マクシミリアンは暗い顔つきになった。


「しました。何度も……。それこそ、父の代から。しかし、辺境伯が我らの意見に耳を傾けたことはありません。父は、まだそれほど年ではなかったのに、倒れました。心労が原因では、と医師に言われて――」


「そう……」


 前ヴァイスヴァルト辺境伯は、いい治世者ではなかったようだ。


 マクシミリアンの父親は、辺境伯のせいで死んだようなもの。


 だとすると、マクシミリアンが辺境伯一家を恨んでいても、おかしくない?


 いえ、でも――狐の仕業なのよね?


 だけど、それもジーグルトの推測に過ぎない。


 偽ることは、可能ではないかしら。


 医師を買収して、「獣の噛み痕が致命傷」と言わせるとか。


「エヴェリーン様?」


 声をかけられ、わたしはハッとする。


「いえ、なんでもないわ。減税の準備を進めましょう」


「はい」


 有能で無害そうに見えるマクシミリアン。だけど、まだ彼を完全に信頼するわけにはいかない。


 


 午後に奥方の部屋に行って、貴金属の仕舞われた鏡台の引き出しの中身を見ていった。


 大粒のダイヤモンド、エメラルド、サファイヤ……などなど。


「いい値で売れそうね。マクシミリアン。このなかに、家宝はある?」


「ここに家宝は、ありません。ヴァイスヴァルト辺境伯の家宝は宝飾剣でして、それは応接間に飾られています」


「ああ、あの……」


 たしかに、柄に宝石がはめこまれた大ぶりの剣が飾ってあったっけ。


 家宝は売るわけにはいかないわね。


 それまで売ってしまっては、ヴァイスヴァルト辺境伯家の格を落としてしまう。


「では、これらは全て売りましょう。奥方のドレスも、高そうなものを見つくろってちょうだい。あと女の子がひとり、いたわよね。その子の服も、売りましょう。置いておいても、仕方ないものね……」


「かしこまりました」


 わたしとマクシミリアンは宝石を一カ所に集め、わたしの部屋に運び込んだ。


 ドレスなどの服類はかさばるので、商人が来る日の朝に用意しようという話になった。


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