第十一話 領主のお仕事(1)
翌日、朝食のあとに書斎に行った。
書斎では、マクシミリアンが既に待機していた。
「おはよう、マクシミリアン」
「おはようございます、エヴェリーン様。では、今日から領主の業務を引き継いでいただきます」
執事のマクシミリアンはヴァイスヴァルト辺境伯の生前は彼の仕事を手伝っていて、死後は代理で領主の仕事を行っていたらしい。
若いのに、ずいぶんと有能だ。
「ねえ、マクシミリアン。あなたは若いのに、どうしてそんな責任のある立場になったの?」
「簡単な話ですよ。父が、前の執事だったんです。父は私に執事の仕事などを教え込んでいたので、伯爵はそのままわたしを使ってくれたのです」
「なるほどね……。あと、聞きたいことがいくつかあるの。いい?」
「何でも聞いてください」
わたしは席に座りながら、口を開いた。
「前辺境伯は、なぜ獣人税を取り入れようとしたの?」
わたしの質問に、マクシミリアンは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「財政難のせいです」
「あら。この領地は、それほど貧しいの?」
領地は広大で城も立派だし、貧しくは見えなかった。
「いいえ。実は、奥方がエーデルシュタイン伯爵領の出身でして」
「エーデルシュタイン?」
わたしも、聞き覚えがあった。王国最大の宝石の産地で、最も豊かな領地だと言われている。
「奥方は実家にいるときと同じように、振る舞ったのです。いわば、浪費です。辺境伯も、少し……見栄を張るところがありまして、妻の要望をどんどん叶えていって」
「それで、財政を圧迫したってわけね」
「そのとおりです。こちらの書類は嘆願書で、民の減税を求める声がたくさんあります。数年前に、税を上げて以来、民も苦しんでおります」
マクシミリアンは、書類の束を机に置いた。
「初仕事は、これかしらね。減税」
「よろしいのですか?」
「わたしは贅沢はしないわ。前の水準に戻しましょう。この調子だと、借金もあるんでしょうね。借金は、どのぐらいあるの?」
「いくらか……。正確な額は、書類を保管していますので、それで確かめてください。のちほど、持ってきます」
「了解。とりあえず前の奥方のドレスや宝石を売って、まず借金をなくしてちょうだい」
「かなり貴重なものも、ございますが――」
「領地が豊かになれば、買い戻せばいい話でしょう。高くつくかもしれないけれど、ふくらむ借金を放置するよりマシ。最低限の宝飾品は、わたしが持ってきているわ」
「かしこまりました」
マクシミリアンが一礼したところで、もうひとつ質問を放つ。
「最近、ここの治安は悪いと聞いたわ。どうして?」
「それも高い税が理由です。税が払えない貧しい農民が農地を放棄し、盗賊になっているとか」
「……そう。悪循環ね」
それだと、ますます税収が減っていく。土地は荒れ、盗賊が増えていき、豊かな者は移住してしまうだろう。
「放棄された農地を、誰かにあてがいましょう。職にあぶれた人たちはいる?」
「はい。不景気のせいで店が閉まり、解雇された者たちが多数います。大体、しばらくは貯金でしのいでいるようですが……」
そういうひとたちも食い詰めて盗賊に転ずる可能性がある、ということね。
「では、そのひとたちに農地を耕してもらいましょう。農業に必要な器具は、領主から支給。農業の指導は、農民に頼みましょう。そのとき、お礼もちゃんとしないとね。あと、捕らえた盗賊でも殺人・傷害・婦女暴行をしていない場合は処刑にはしないで。うち捨てられた広い農地の家を、刑務所代わりにしましょう。罰として、禁固刑の代わりに耕作してもらうのよ。禁固刑だと財政を圧迫するだけだし」
「はっ……」
マクシミリアンは、忘れないように私がつれづれと語ったことをきちんとペンで白い紙に書き留めていた。
「それと、治安維持のためにヴァイスヴァルトの騎士団と狼族とで協力できない?」
「難しいです。今は特に。ユリアヌスを筆頭に、狼を疑っている者だらけですから」
彼は残念そうに、首を横に振った。
「そう……。まあ、自発的に狼族が見回りをしてくれているから、州都の警備は少し減らしてもいいでしょう。ヴァイスヴァルト辺境伯領の各地に配備している騎士を増員しましょう」
「はっ……。どれも、いい案かと。しかし、かなり物入りになりますね。初期投資が必要です。農具の支給はもちろんですが、空き家を新しく刑務所にするには修繕費が必要です。刑務所には刑務官の配備も必要となります。刑務官を新しく配備することにより雇用が生まれるのはいいですが、給金を支払わなくては」
マクシミリアンの言うことも、最もだった。しかし、荒れた農地や失業者を放置しているわけにはいかない。
「そうね。でも、最初は仕方ないわ。農地については、少し時間がかかる。減税もすぐに効果が出るとは言えないけど、こちらのほうが手っ取り早い。まずは一刻も早い減税を行いましょう。近々、お触れを出す準備を。あと、信頼のおける商人を呼んで。ヴァイスヴァルト辺境伯領以外のところを拠点にしている商人がいいわ。領地内でお金を回しても仕方がない。王都が一番だけど、王都は遠い。近隣の領地から呼んで。交渉して、高く売りつけましょう」
「はいっ」
マクシミリアンの頬は、少し紅潮していた。