第十話 侍女
ジーグルトが出ていったあと、ユリアヌスとマクシミリアンが入ってきた。
ふたりは、どことなく心配そうだった。
「友好的な話をしたわ。あなたたちにも、話を聞きたいの」
「はい。何でも、聞いてください」
マクシミリアンは一礼し、ユリアヌスは小さくうなずいた。
「まず、殺されたのは誰? さっき、騎士団長が殺されたと言っていたわよね」
「……ええ。騎士団長はちょうど、城の見回りをしていたのです。前ヴァイスヴァルト辺境伯、その奥方、長男、次男、長女――そして騎士団長と彼の部下三人が犠牲となりました」
マクシミリアンは淡々と、情報を教えてくれた。
「そう。むごい事件ね」
騎士たちは、侵入の邪魔になるので殺されたのだろう。
騎士団長といえば、相当優れた剣の腕を持っているはず。そんな彼も易々と殺されたとは……。
「全くです。ああ、そういえばエヴェリーン様。あなたの寝室をどこにしようか迷っているのです。前辺境伯たちは、みんな寝室で殺されたので……。もちろん、ベッドのシーツや布団は取り替え、絨毯も新しいものに変えましたが……。あまり、いい気持ちはしないでしょう。あなたがよければ、客室の一室に寝泊まりしてもらえればと思います。前辺境伯の使っていた部屋に比べれば、狭いですが」
マクシミリアンの提案に、わたしは素直にうなずいておいた。
「そうしてちょうだい」
わたしが答えたとき、扉がノックされた。
「誰だ?」
「ヒルダです」
「ああ……入って」
マクシミリアンに促されて入ってきたのは、焦げ茶の引っ詰め髪の女性だった。
ほっそりしていて、背が高い。
「エヴェリーン様。お初にお目にかかります。用事をしていたので、ご挨拶が遅くなって申し訳ございません」
ヒルダは礼儀正しく一礼して、わたしを見つめた。
目は、くすんだ青色で、落ち着いた印象を与えた。
「わたしはヒルダ。奥方の侍女をしておりました。エヴェリーン様さえよければ、あなたの侍女を務めても、よろしいでしょうか」
「ええ、もちろんよ。どうぞよろしく、ヒルダ」
わたしが手を差し出すと、ヒルダはぎこちなく微笑んだ。
どうやら、笑顔が苦手らしい。それはわたしもだけど――。
「疲れているでしょうから、領主の仕事は明日からで。今日は、ゆっくりお休みください」
とマクシミリアンに言われたので、わたしは用意してもらった部屋で荷解をした。
荷解が全部終わったときぐらいに夕食に呼ばれ、だだっ広い食堂でひとりで食べた。
湯浴みをしたあと、ヒルダがわたしの髪を拭き、香油を塗り、とかしてくれた。
鏡のなかの令嬢は、相変わらず無表情だ。
寂しくない、といえば嘘になる。それに、狐がここにいるかもしれないと思えば、怖い。
ましてやわたしは、初日から盗賊に狙われたのだし。
「美しい金髪ですね、エヴェリーン様」
「ありがとう。……あ、あなたにはまだ言ってなかったわね。わたし、表情が動かなくなったの。だから笑顔になれないけど、気にしないでね」
わたしの一言に、ヒルダは手を止めかけていた。
「……それは、一体なぜ」
「わからないわ。医者は、心因性だろうって」
「何か、心労があったのですか?」
「それも、よくわからないわ」
わたしは、オトフリート様に気に入られるために、努力した。
他の令嬢に負けるものかと、虚勢を張った。
だが、それが心を病むほどの無理だったとは、思えない。
髪の手入れを終えると、ヒルダは「何か、ご用命はありますか?」と問うてきた。
「ないわ、大丈夫。休んでくれて、結構よ。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい、エヴェリーン様」
一礼して、ヒルダは退室した。
遠慮したのか、ヒルダは深くは聞いてこなかった。
あんまり愛想はないけれど、よく気がつく侍女だと思う。
……それでも、ヒルダも狐ではない、といは言い切れないのよね。
わたしが今、完全に信じられるのはジーグルトだけだ。
だけど、彼はここにはいない。
わたしは寝間着のなかに仕舞った犬笛を取り出し、まじまじと見た。
猫の獣人には、魔女が多いと言っていた。
魔女なら、狐を突き止められるのかしら? でも、それならジーグルトがもうやっていると思うし。
考えながら、わたしはベッドに入った。
枕に頭を預けてすぐ、わたしはすぐに寝入ってしまった。