第一話 裏切り
王侯貴族の集まる夜会にて。
わたしは、いつものように婚約者のオトフリート様に近づこうとした。
しかし、彼はなぜかわたしの妹カーテと一緒にいて、談笑していた。
(あの子ったら、どこに行ったのかと思ったら)
夜会に呼ばれて、わたしとカーテは屋敷から馬車に乗り、ここに来た。
わたしは口紅を塗り直したくて、化粧直し用の女性専用の控え室に入ることにして、カーテには「悪いけど、廊下で待ってて」と言いつけたはずだった。
でも控え室を出たら、カーテはいなくなっていた。
どこにいったのかしら、と思いながら会場に入って、ようやく彼女を見つけたというわけだ。
オトフリート様が、気を遣ってくれたのかしら。
そんなことを思いながら、わたしは彼らに歩み寄る。
妹の姿を見て、うらやましくなる。
ハニーブロンドに、明るい青の目。なにより、はつらつとした笑顔。
対するわたしは、金髪は白に近いプラチナブロンドで、目は薄い青。そして、少し前から笑えなくなった、凍りついた表情。
冷たさを感じさせる容姿と無表情のおかげで、わたしはいつからか「凍れる令嬢」と呼ばれていた。
かなり近くに来ても、ふたりが気づく様子がないので、わたしは「オトフリート様」と呼びかけた。
すると彼はぎっ、とすさまじい形相でにらんできた。
「ああ、エヴェリーン。ちょうど、君を捜していたんだ」
「そうでしたか。カーテのお相手を、ありがとうございます」
「……今、たっぷり聞いていたことだ。君の所業を」
オトフリート様は、震えているようだった。怒りで、だろうか。
わたしは彼の怒りを買う覚えがなく、後ずさる。
「エヴェリーン・フォン・ヴァイアーシュトラス! そなたは、実の妹をいびりつづけていたというではないか! そんな性悪女と、婚約は続けられない! 今日をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
突然の宣言にわたしは愕然とし、何も言えなかった。
「カーテ? あなた、オトフリート様に、何を言ったの」
ようやく、声が出たときには、会場内は静まりかえっていた。
「お姉様。わたくし、もう我慢できなかったんですもの。お姉様は、わたくしの動作や言葉遣いをいちいち注意して、せっかんするではありませんか。いくら淑女になるためとはいえ、これ以上は、もう……!」
カーテは、腕を差し出した。赤くなった痕が、ついている。ムチの痕だろうか。
もちろん、わたしには全く覚えがなかった。
「カーテ!? ええ、わたしはあなたに注意はしました。あなたのためです。でも、せっかんなど一度も……!」
「では、この痛々しい痕は何なんだ、エヴェリーン」
オトフリート様に問われ、わたしは首を振る。
「知りません」
おそらく、カーテの自作自演だ。だが、それを指摘する前にカーテが泣き崩れた。
「お姉様が認めるはず、ありません! 賢いかたですもの!」
「……カーテ。なんと、なげかわしい」
オトフリート様は、完全にカーテを信じているようだった。
「エヴェリーン。この場を去れ。あとで父上にも、きちんと申し上げる。王子たる者、妻にはそなたのような冷酷な女を妻にするわけにはいかない。さあ、カーテ。立ちなさい。君は姉に代わって、わたしと結婚するんだ」
「オトフリート様!? 本当ですか!?」
繰り広げられる、白々しい会話。
おそらく、わたしがここに来る前に決まっていたのではないか。
衆目を集めることによって、婚約破棄をしやすくするため、この場を選んだのではないか。
「……それでは、ごきげんよう」
わたしはそう言うだけで精一杯だった。
青いドレスのスカートをつまんで一礼して、強がって動揺していない振り。
わたしは走らないように、わざとゆっくり歩いて退室した。