星空の舞踏会
「騎士様、丁寧なエスコートをありがとうございます。あとはこのまま御者に送ってもらいますので…。」
言いかけたところで、
ひらりと騎乗し、
「では、共に邸まで送らせていただこう。」
あまりの身軽な飛び乗り方に、びっくりし
声が出ず。 ただ、ただ、頷くしかなかった。
御者に合図を出され、出発した。
騎士様は、先導ではなく 並走をしてくれるようだ。
たまたま、出口で出くわしただけなのに
ショックで茫然とする私と、共にいてくださり。
自宅まで警護してくださるとは。
なんと、なんと、奇特な方だろう。
窓から、声をかける。
「騎士様、こんなに良くしていただいて ありがとうございます。」
「いや、そんなに良くしたつもりはない。」
まぁ、なんと。ご謙遜を。
淑女が困っていれば、いつ何時でも、手をお貸しくださる。
なんて素晴らしい、紳士でしょう。
まさに、騎士道そのもの。
「いいえ、今夜、私がどんなに助けられたことか。一人で気落ちして倒れそうで、歩けないところを、本当にありがとうございました。今、こうして楽しくおしゃべりできるのも、騎士様のおかげでございます。今夜のお礼をしたく存じますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ルイと呼んでくれ。感謝することはない。…貴方は何も悪くはないし、私は貴方が困っていたり、辛いことがあるのなら、側に寄り添い、共に有りたいと思う。感謝すべきは私の方だ。今夜共に過ごせることを、 心より嬉しく思う。」
まぁまぁまぁ。
なんて、心の広い大きな方なのかしら。
私の心の重みを、気づいていながらも、おくびにも出さず。さりげなく、労ってくれるなんて。
「ルイ様。私の心が、羽のように軽くなりまして。今にも、踊り出せそうです。」
「そうか。そうだな。今日の夜会では、踊る間もなく、出てきてしまったようだし。 マドモアゼル、一曲よろしいですか?」
御者に合図を出し、停まると。
そこは、昼間は人の行き来と、朝市で栄えている、噴水の広場だった。
夜半ということもあり、今は誰もいない。
ドアを開けられ、エスコートされる。
月と星あかりの下、私はルイと共に、踊り出す。
音楽は、草むらにいる 虫の歌声による演奏で…。
ルイ様のリードが、さり気ない上に、とても上手で、私を気遣いながらも、優雅に引っ張っていってくれる。
普段の夜会では、めいいっぱい力を出して踊ることはない。
ルイ様なら、少々お転婆な私の 全力を支えてくれるかもしれない。
そう思うが早いか、動き出すのが早いか、手を強く握り、
私は足のステップさばきを増やし、ルイ様の懐へ、より一層 飛び込んで行った。
結果から言うと、
ルイ様は、素晴らしく。
全力の勢いをつけた私を、更に引っ張っていってくれ、全然 全く もう 余裕すら感じた。
完敗よ。
私、一からやり直さなくては。
握りこぶしを見つめ そう決意していると
「あはははは。」
えっ?
隣を見ると、実に愉快に笑い声をあげるルイ様。
ポカーンとして、見てしまった。
「こんなに楽しく踊ったのは、始めてだ。エリーゼ、ありがとう。」
破顔したイケメンの力の凄さに驚いて、二の句が出ない。
しばし、その笑い声と、笑顔を見ていたら 今日の出来事など、どうでも良くなっていく。
胸がほっこり 温かくなり、
「私でよろしかったら、いつでもお相手致しますわ。今度こそ、ルイ様だけに引っ張られるような真似は致しませんわよ。明日から、猛特訓しますね!」
宣言していた!
微笑んだイケメンに、クラリとする。
「では、練習も私と共に。」
手を取られ
手の甲に軽く 口付けられる。
頬が、熱くなる。
ドキドキして ルイ様を直視できなくて、うつむいてしまう。
そんな、私の気持ちを察してか、ルイ様はスマートに 私をエスコートしてくれる。
広場の噴水のそばにある、ベンチへ行き、胸元のポケットからハンカチを出すとベンチに敷いてくれた。
「少し、 休もう。」
言われるがまま、ベンチへと腰掛ける。
……座ったものの 会話が続かない。
どうしようかと、チラリと ルイ様の方を見てみると…
目を閉じて、静かにしている。
辺りの 虫の歌声に耳を傾けているのかしら。
スッと通った鼻筋。
瞼を閉じていても、大きさの分かる瞳。
重そうにたわむ、まつ毛。
その、横顔が 実に麗しい。
男性に麗しいって、使うのかしら?
でも、とにかく 見目の良い男性だ。
じーっと見つめていたら、気配を察知したのか ルイ様の瞳がいつの間にか、開いており 目と目が合った。
…じっと見つめているのは 私だろう。
けれど、目を離せない。
いいえ、ずっと 見つめていたい。
ルイ様の事、 何も知らないのに…
何故か、懐かしい気持ちにすらなる。
以前にも、悲しい時に、そっと隣に居てくれた友がいた。
何も聞かず、落ち込む私の隣に居て、手を繋いで居てくれた。
それが、どんなにか心の支えになったことか。
それのお陰で、どんなにか心が救われたことか。
広い世界のその中に、私一人ではない。
常に寄り添い、支えてくれる仲間の居ることの幸せを、感じていたことがあった。
そんな、懐かしさがあるのだろう…。
ルイ様、独特な雰囲気を身に纏い、心を穏やかにさせてくれる。
今日の、この素晴らしい 広場での舞踏会を 決して忘れることが無いように、胸に大切にしまっておこう。