婚約破棄
はじめまして
楽しく物語 進めていきたいと思います。
よろしくおねがいします。
「エリーゼ、君との婚約をここで破棄する」
王家主催の夜会の中、
周囲のざわめきと共に しばらく頭の中でその言葉を反芻してしまった。
私に、婚約破棄を宣言したのは、 この国の第一王子 アルフォンヌ セイ アルバラード様で ゆくゆくは王になる方だ。
……とうとう言われてしまった。
いえ、言われても仕方がないわ
だって
私、前世の記憶を取り戻してから
必死で…。
死亡フラグを回避したあと、生きていくための住まいや、仕事や、生活のことしか考えてなかったものね。
そう、ここは前世で私が攻略していた、乙女ゲームの世界。
私は悪役令嬢で、ヒロインに仇をなし、処刑される。
もしくは、良くて国外追放される。
悲しい役目を負っている。
かと言って、やすやすとそんな目にあうわけにはいかない。
だからこそ、
必死すぎて、必死すぎて、
いつもアルフォンス様から お誘いいただいていたのに、忙しさのあまり 仮病という体調を理由にお断りしていながらも、
部屋から 木を伝って抜け出したり
登ってこっそり戻ったり
壁を乗り越えたり…していたのも若干気づかれていたような ないような…
お忍びで一緒に出掛けても、街の人々の働く様や、それらの仕事と、私の仕事の結びつきのことについて、考えてばかりだったものね。
話しかけられても、お返事も気もそぞろとくれば 嫌になるのも当然であろう。
今までごめんなさい…
アルフォンス様。
隣にいらっしゃる可愛らしい女性、きっと、あの子がヒロインね。
ごめんなさい。
絶対に、出会わないようにしていたので、存在は知っておりますが、お名前まではよく覚えていないの…。
艶めく黒髪は そう長くはなく、ボブ程の長さであろう。
黒く丸い瞳は潤んで、黒曜石のような輝き。
重そうにたわんでいるまつげで、少し影がさしている。
白い肌に、頬は薔薇色。
実に美しい。
実に可愛らしい。
女の私でも、惚れ惚れする可憐さ。
私が男なら、確実に会った瞬間に 跪いてプロポーズするわ!
ショックは受けつつも、納得のいく婚約破棄である。
もしかしたら、このまま波風立たずハッピーエンドを迎えられるのでは?
って 思った日もあったけれど、
全ては、後悔しても遅いことばかりね。
重い口を開き、声を絞り出す。
「承知致しました、アルフォンス様。 私には、以前より荷が重いものと、感じておりました。解約していただいて当然の事と、思っております。
そして、お隣の可愛らしい女性と どうぞ、末永くお幸せに…。」
無事に言い終える。
「えっ!?」
えっ!?
逆に何かしら? この反応。
あら、お隣の可憐なヒロインさんまで、何だか落ち着かないご様子。
もしかして、私が反論するであろう との予測と異なったせいなのかしら?
「…ゴホン!」
あ、お父様。
私、エリーゼ フォン バラード。
バラード公爵家の娘。
父である公爵は、宰相も兼務しており、 只今、今回の夜会の主催である国王様のお隣で、上座にいらっしゃったわ。
ちらりと そちらを見ると…。
うん。いつもと変わらぬ強面の鉄仮面。
あの 恐怖の顔面偏差値で、よくぞ、アルバート王国の妖精とまで言われたお母様とご結婚できたものだわ。
それは、政略結婚の上に、玉の輿だろうと思うかもしれないけれど。
いいえ、お母様の元に 婿養子として入ったのがお父様。
身分の差も結構あったようだけど、誰よりもゴリ押ししたのは、お母様っていうんだから おかしな話だ。
ちなみに、私の容姿は 幸いなことに、お父様には似ず 10人中10人から、お母様にそっくりで…と言っていただいている。
お世辞ではないことを祈ろう…。
こんな、余計なことを考えている場合ではなかった。
お父様のお隣にいらっしゃる、
アルフレッド国王様は…。
……何だか面白そうな顔をして、ニコニコしていらっしゃる。
流石、普段から娯楽に飢えているだけのことはあるわね。
他人の不幸は。蜜の味なのかしら。
頭が痛くなってきたわ…。
私には、
前世の記憶がある。
前世 日本では…
ゲームが趣味で、平凡な生活を送りながらも、ある日事故にあい、若くして亡くなった。
家族は 父 母 姉 妹 祖父 祖母 愛犬のシロ 愛猫のクロ。
家族ぐるみの付き合いとして、両隣には幼馴染もいた。
温かで、寡黙な父 穏やかな母 優しい家族と 友人達だった。
勿論、私がいけないことをしてしまった時には、厳しく叱られたが。
懐かしくも、愛のある、思い出ばかりである。
その温かな思い出を胸に、声を絞り出す…。
「では 私はこれで…。」
周囲の目は気になるが、退室することにする。
ざわめいていた人々は、私を避けるようにしながら ドア迄の道を作っていく。
背筋を伸ばし、震える足を叱咤し、
一歩 一歩 ドアへと推し進めていく。
ドアへ着くと、後ろを振り返り、一礼して去った。
ドアが締められると、
「はぁぁーーーーー。」
深いため息が出た。
深く、身体も、沈みそうに、な…る…?
倒れていきそうになる身体を、誰かが支えてくれた。
見ると、スラリとした騎士様が 私を支えてくれていた。
そんなに重くはない とは言いたい…私の体重の殆どを。
これだけ支えてくれるのだから、スリムだが、いい感じに筋肉がついているのだろう。
そう、考えるが早いか
私は気がつくと、意外にもがっしりとした胸板にくっついていた。
「…ありがとうございます。」
震える声を絞り出す。
「いや。」
騎士様は、この夜会の警備でいらっしゃったのだろうか?
王国の騎士とは、色と作りの違う細工の細かい 騎士服を着ている。もしかたら 他国の、要人の警護のために来たのかもしれない。
礼を伝え、この場を去ろうとするが。
騎士様の腕が離れない。
なぜ? と、思い顔を見上げると。
濃い青の 優しげな、少し垂れた瞳と 目があった。
髪色は金髪、すっとのびた程よく高い鼻。 そっと微笑んだ口元は、薄めの唇でありながら、形がとても整っている。
その間からは、白い歯が キラリと輝いている。
なんと、美形な騎士様だ。
こんなに騎士服の似合う方は、居るまい。
見つめ合ったのは、数秒なのか、数分なのか、もうわからないくらい。
その瞳に吸い込まれていた…。
「具合がお悪いのであろう。 送っていく。」
なんと。見た目が麗しいだけではなく、中身までイケメン。
前世で言う、
『イケメンキターーーーーーーーー!!!!』 である。
多分恐らく、 いや絶対に!!
前世なら叫んでいたわ。
少し震える足に不安もあるので、 お言葉のままお願いをする。
「ありがとうございます。」
出された腕に手を添えて、
いやもはや身長差があるので、大木に捕まる猿にしか 見えないであろう、私。
私は150センチ少々ほど。
見上げる上空の彼は、ゆうに180センチは軽く超えているだろう。
歩調も私に合わせて、ゆったりと。
目が合えば、優雅に微笑まれ。
何より、こんな様を見ても、余計なことは一切言わない。
まさに、紳士中の紳士!!
いや、女装をしても、これは迫力のある美女で、実に麗しいであろう。
こんな不埒なことを、考えていたであろうせいか、
少し、吹き出しそうになって 肩が震えた。
「心配だから、邸まで送ろう。」
「…いえ、そんなご迷惑をおかけするわけには参りません。」
だって 私は 貴方の女装した姿を想像していただけですもの…
とは 言えない。
「いや、騎士としても、男としても、具合の悪い女性を 放っておくわけにはいかない。」
騎士と、男性の行司を言われれば、反論はできまい。
こんな 私の妄想にお付き合いいただいていて 申し訳ありません。
「では、お言葉に甘えて お願いいたします。」
微笑まれた。
その笑顔に、イケメンぶりに くらりと倒れそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。
そうよ。だって私はたった今、婚約破棄されたばかりなんだから!
恋が一つ終わると、新しい恋が生まれるって本当かしら?
…なんてね。ちょっと図々しすぎる戯言だわね。
さて、初めてお会いした殿方と
馬車の乗り合いはどうしようか?
と、思いつつ馬車付き場まで来ると。
我が家の馬車と、騎馬用の馬がいるではないか。
先導してくださるのかしら?
なんて用意周到。
というか、いつ準備したり 言付けしてたのかしら?
自分でいっぱい、いっぱい、すぎて記憶の片隅にもない。
馬車に乗るために、手を添えてくださるタイミングが絶妙で、
実に、動きや仕草に無駄がなく、洗練されている。
ものすごく 丁寧に、優しく、扱ってもらえ 思わず頬が、かぁっ と熱くなる。
どうしちゃったのかしら… 私。
一人でいるのは、辛いなって 思っていただけに、とてもありがたい。
一緒にいてくれたことへ、感謝しなくては。