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呼ばれてきたローズは、ロバートにロケットを首からかけてもらい、笑顔になった。
「アレキサンダー様、ありがとうございます」
「褒美だ。君はソフィアの命の恩人だ」
「それはアレキサンダー様、過分なご評価ですのに」
ローズの言葉は、アレキサンダーの予想通りだった。
「ローズとロバートは謙虚過ぎるのが問題だ」
「本当に」
アレキサンダーの言葉に、グレースも賛同した。
ロバートに背を包まれるようにして立っていたローズが、そっとロケットを開けた。
「素敵」
絵をみたローズが笑顔になった。嬉しそうにロバートを見上げる。見つめ合い、微笑む二人を、王太子宮の人々は微笑ましく思いながら見守っている。
「他の絵も見せてもらおうか」
「はい」
画家が、絵にかけられていた布を取り除いた。
「ほう」
「なっ」
「えっ」
アレキサンダーが感心し、ロバートとローズが硬直した。
「お二人が、よく今のようにしておられましたものですから」
画家は微笑む。
絵の中では、ロバートと、ロバートの腕に包まれたローズが、微笑んでいた。ちょうど、二人見つめ合い、微笑む時と同じ笑顔が、絵の前に立つ人に向けられている。
「それもいいな。ロバート、お前の部屋に飾るにいいだろう」
ローズはロバートの胸に顔をうずめてしまった。ロバートは、頬どころか、耳まで真っ赤に染めている。
「お気に召しましたでしょうか」
アレキサンダーは、画家の言葉に便乗することにした。常に冷静で余裕綽々のロバートをからかう機会など、そうないのだ。
「ロバート。欲しいならば欲しいと言え。お前の部屋に飾りたいのか、他でもいいのかどちらだ」
もともとロバートのために注文した絵だ。どうせなら、ロバートに欲しいと言わせたい。
口元を手で隠したロバートは、何も言えずに突っ立っている。ティモシーが、素直になれないロバートに近づいた。
「ロバートさん、あの絵、ロバートさんの部屋ならともかく、他の場所に飾ると、ローズちゃんの顔が、外に漏れるかもしれませんよ」
ローズを抱くロバートの腕に力が込められた。
「いただけましたら」
ようやく素直になったロバートに、アレキサンダーとグレースは微笑みを交わした。
ロバートの胸からローズが顔を上げた。
「あの、私のもありますか」
ローズの言葉に、画家が微笑んだ。
「もちろんです」
画家がローズに見せたのは、ローズが一人で微笑む絵だ。
ロバートの目が、腕の中のローズと、絵の中で微笑むローズの間を行き来した。
ローズは、ロバートの腕の中で首を傾げた。
「あの、一緒の絵は、ロバートと、」
語尾が消えそうなローズの言葉の意図を、画家は理解した。
「あちらと同じ絵でしょうか」
画家が示したのは、ロバートの腕に抱かれているローズの絵だ。
「はい」
「無論、ご用意できます」
その間、ロバートの目は、ローズの肖像画に釘付けになっている。
ローズに関してとなると、本当にロバートはわかりやすい。アレキサンダーは笑いたいのを必死にこらえていた。乳兄弟であるロバートが、いかに奥手か、アレキサンダーもよくわかっている。それに、もともとローズの絵はロバートのために描かせた。
「ローズの肖像画は注文通りだな。その絵も予定通り、受け取ろう。ロバート、お前の部屋に飾ればいい。ローズが欲しがっている絵も描いてくれ」
「仰せのままに」
画家は深々と頭を下げた。
ロバートの部屋の壁には、二枚の絵が飾られた。一枚は、ロバートの腕に包まれたローズと、ロバートが優しく見つめあっている。
もう一枚の小さな絵からは、少し上目遣いのローズが、絵の前に立つ人を見つめている。今にも何か語りかけようとするかのような笑顔だ。
二枚の肖像画に、ロバートは布をかけて隠してしまった。勿体ないと周囲はいうが、アレキサンダーは、ロバートが夜一人でその絵を眺めているのを知っている。
単なる独占欲だ。
ローズの部屋にある二人の肖像画にも布がかけられている。
「ローズは恥ずかしいそうですわ」
グレースの言葉に、アレキサンダーは笑った。
「毎日のように、庭で披露しているのにか」
ロバートの腕の中がローズの定位置だ。絵をいくら隠したところで、良く似た光景を、ロバートとローズは毎日のように王太子宮で披露している。
「本当に、おっしゃるとおりですのにね」
アレキサンダーは壁の絵を見た。王太子一家の絵が掲げられている。国の内外に知らしめるため、沢山の複製画が今後描かれていくだろう。
「私はロバートより、自分に正直だ」
アレキサンダーはグレースの唇を、そっと己のそれで覆った。
「今はソフィアを育てなければね。いずれソフィアの弟や妹が産まれたら良いと思わないか」
アレキサンダーの言葉に、グレースは微笑んだ。
ロバートが片腕でローズを包み、並んで立つ絵は、アルフレッドの居室に飾られている。
「見守ってくれているだろうけど、会わせたかった」
アルフレッドは、六人の子供達が、思い思いにくつろぐ絵に語りかけた。