表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

 子供を描くのは難しい。

赤子のソフィアなど、どう描くのだろうというティモシーの疑問は、早々に解決された。


 乳母のブレンダだけでなく、ソフィアが気に入っているローズや、少し遊び方が乱暴なエドガーや、子守が板についているロバートが代わる代わるあやすのだ。泣いたりぐずったりしていても、そのうちにソフィアは笑った。

 

 待ち望んだ愛らしい我が子を慈しむアレキサンダーとグレースの絵は、様々な構成で描かれていった。

「どれも素晴らしい肖像画になりそうですね」

「ありがとうございます」

ティモシーの素直な称賛に、画家は笑顔で答えてくれた。

 

 ティモシーが懸念していた彼らにとっての最大の敵にも、画家と弟子達は果敢に挑戦していた。


「はい。ローズ様、こちらを見てにっこり笑ってください」

画家の言葉にローズは笑顔を浮かべた。王太子妃代理として、慰問で散々笑顔を披露しているローズの笑顔は、作り笑いであっても可愛らしい。

 

 大司祭が、聖女ローズと讃えるため、ローズは民に大人気だ。孤児であるという身の上に、民は親しみを感じているのか肖像画を求める者も多い。ローズは、ベールをしたままであれば、肖像画を描かれた経験がある。椅子に座り、求められるままじっと動かずにいた。


 画家の最大の敵は、ローズとは、比べ物にならないくらい、肖像画を描かれ慣れているはずのロバートだった。ティモシーが想像したのとは、全く違う理由で、ロバートは画家の敵となっていた。


「ロバート様、恐れながらその、笑っていただけると」

画家の言葉にも、ロバートは、ほとんど表情を変えないのだ。

「ロバート、笑えと言われて笑うのが難しいのはわかるけど」

ローズが、両手を伸ばし、ロバートの頬に触れた。

「ロバート、少しは、笑いましょう」

「私の作り笑いなど、相手を脅す役にしか立ちません」

ロバートが稀に見せる冷淡で酷薄な笑みは、(まつりごと)では有効でも、肖像画には不適切だ。


「ロバートの場合は、御前会議で時々披露する(たぐい)の顔になってしまうわね」

 ローズは微笑んだ。

「ロバートらしいといえば、ロバートらしいわ。無理に笑おうと思わないほうが、良いのでしょうけれど」

ローズの手に頬を包むようにされたロバートの表情が、僅かに和らぐ。その間に、画家と弟子達は素早く手を動かした。


 休憩のための茶の時間でも、画家と弟子達は、素描を続けた。

「お疲れになりませんか」

菓子を配りながら、ティモシーは画家に声をかけてみた。

「ご覧になりますか」

画家は手を止め、ティモシーに、先程まで描いていた素描を見せてくれた。

「御二人とも、いい表情をしておられる」

単純な線で、隣り合って座ったロバートとローズが、お互いを見つめあう姿が描かれていた。微笑み見つめあう二人の仲が特別であることを、疑うものはいないだろう。


「こちらだとどうしても」

画家の手元には、様々な立ち姿の2人が描かれている。先程の見ていて心温まる素描とは違う。特にロバートなど、“鉄仮面”という通り名そのものの無表情だ。


「王太子殿下と側近の方の御威光を高めるのであれば、このようなお顔がふさわしいのですが」

画家の言葉通りの絵は、王太子宮に多く飾られている。この部屋にもある甲冑を身につけたアレキサンダーの肖像画には、同様に甲冑を身につけたロバートが、鋭い目で周囲を警戒する姿が描きこまれている。

「今回は、このようなご依頼ではありません。私は、今回のお話をいただけましたこと、心より嬉しく思っているのですよ」

画家は、また素描を始めた。


 ローズがきてからロバートの笑顔は珍しいものではなくなった。だが、ロバートが本当に優しい笑顔を見せるのは、ローズただ一人と言って良い。他のときは、せいぜい微笑む程度だ。


 ティモシーは、ロバートとローズが仲睦まじくしている様子など、簡単に描けないだろうと考えていた。ロバートは、人目を憚らずにローズと過ごしているため、二人の親しげな様子を目にする機会は多い。


一方で、ロバートは、幾度も刺客と戦った経験があり、注視されることを嫌う。ティモシーは、ロバートが、画家の視線を嫌うと予想していた。


ティモシーは、素描を次々と描く画家の手元に魅せられた。


注視されることを嫌うのであれば、嫌がられない程度に視線を向けるに留める。作り笑いが苦手ならば、微笑んでいるときに、描いてしまえばいい。


 ティモシーにとっては斬新な考え方だった。


「本当に、嬉しいものです」

年老いた画家の目が細くなり、皺の中に埋もれるようになった。画家の視線の先には、今回描かれる人々が思い思いに寛いでいた。


「美味しいわ」

不意にローズの声がした。頬に片手を添えて微笑んでいた。菓子が気に入ったのだろう。

「懐かしいですね」

ロバートが微笑む。

「なにが懐かしいの」

「あなたがここに来たばかりの頃、菓子が気に入ると、美味しいといって、両手に頬を添えて、椅子の上で身をよじっていたでしょう」

「覚えていないわ」

ローズは首をかしげていた。

「可愛らしかったのに、私がイサカから戻ってきた頃には、もう、そういうことをしてくれなくなりました。少々がっかりしたものです」


 ロバートは、長椅子の隣に座るローズの髪を、ゆっくりと手で梳き、毛先をもてあそんでいる。

「知らないわ。覚えてないもの」

「そうでしょうね。成長するから仕方がないとはいえ、可愛らしい仕草をしなくなってしまったのは残念でした」

「いつまでも子供じゃないわ」

「もちろんです」

 ロバートが身をかがめ、ローズの額に口づける。ティモシーにとっては、すっかり見慣れた光景だ。

 

 アレキサンダーが、仲睦まじい乳兄弟と婚約者を相手に対抗心を燃やしたのか、グレースの耳元に愛の言葉を囁くのも、いつものことだ。


 画家と弟子たちの手が素早く動き、その光景を描き止めていく。画家たちは、キャンバスの下絵や、沢山の素描を手に工房へ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ